正規直交函数系

Prerequisite

函数 f  のTaylor展開,

はさまざまな函数を多項式によって表現することで点 x=x_0  のまわりでの函数のふるまいを調べたり,近似的な表式を得るのに非常に有用な道具であった.
物理学でしばしば振動・波動といった周期的なふるまいをする現象に出会うことがある.
このような周期性を調べるためには多項式での表現は向いていない.
周期性をよく表現できる初等函数としては三角函数が挙げられる.
実際,振動の多体問題の解はいろいろな基準モードの重ね合わせで表すことができた.
この節での目的はさまざまな函数を三角函数によって表現することである.

ではまずどのような函数の集合であれば周期函数を表現できるのかを定式化していこう.
ここでTaylor展開と異なる重要なポイントは函数による展開をベクトルの基本ベクトルによる展開のようにみなすことである.
N  次元の任意のベクトル \boldsymbol{v}  は基底 \boldsymbol{e}_i, (i=1,\cdots,N)  によって

と展開できる.
基本ベクトルは正規直交関係

を満たしていて,ベクトルの成分 v_i

によって定められる.
函数もこのような正規直交関係を満たす基本ベクトルのような函数たちで展開できないかを考える.

まず函数に対して「内積」を定義しよう.
任意の2つの函数 f,\,g  に対して区間 [a,b]  における内積

として定義する.
積分の性質から明らかに任意の実数 c_1,\,c_2  に対し線型性

が成立する.
また被積分函数は場所を入れ替えても同じ積分結果なので対称性 \langle{f, g}\rangle=\langle{g, f}\rangle  をもつ.
自分自身との内積に対しては非退化性 \langle{f, f}\rangle=0\,\Rightarrow\,f\equiv0  と,正定値性 \langle{f, f}\rangle\geq 0  が成り立っている.

自分自身との内積 \langle{f, f}\rangle  0  でないかつ有限の値で定まるとき,函数 f  は区間 [a,b]  上で自乗可積分という.
ここでの議論は自乗可積分な函数全体の集合 L^2  に限定しよう.
また表記の簡単のため自分自身との内積は

と表記する.
すると任意の f\in L^2

によって \langle{\varphi, \varphi}\rangle = 1  に規格化できる.
規格化された函数の組み \{\varphi_1,\cdots,\varphi_N\}  が正規直交関係

を満たすとき,その組みを正規直交函数系という.

L^2  の次元は無限次元であるから一般には L^2  に属する函数を展開するのには無限個の函数が必要になる.
無限個の正規直交函数系の組み \{\varphi_1,\varphi_2\cdots\}  を用いて区間 [a,b]  上の函数 f

一般Fourier展開

と展開できたとしよう.
このとき直交性から展開係数は

一般Fourier係数

で与えられる.
このような直交函数系を用いて展開することを一般Fourier展開といい,展開係数 f_i  一般Fourier係数と呼ばれる.

残る数学的な問題は右辺のいわゆる一般Fourier級数 \sum_{n=1}^{\infty}f_n\varphi_n  が実際に収束しているのかということと,函数 f  に収束しているのかという2点である.
ここからこの2点について簡単に示していこう(急ぐ読者はこの2点は数学的に保証されていると信用して最後の結果だけ確認して次の節に進んでも差し支えない).

では1つ目の収束性の問題に対しては有限の和

N\to\infty  で収束することを確かめていこう.
ここで L^2  空間の重要な性質として完備性 (completeness) を紹介する.
函数の列 \{G_N\}_{N\geq1},\,(G_N\in L^2)  Cauchy列であるとは

を満たすこと(ただし N>M  ).
証明は省略するが自乗可積分函数の任意のCauchy列 \{G_N\}_{N\geq1}  は収束し極限の函数 g\in L^2  が存在する.
この性質を完備性という.
いま正規直交函数系を用いて展開された F_N=\sum_{n=1}^Nf_n\varphi_n  に対しては

最後の和が N,M\to\infty  の極限で 0  へ収束するための必要十分条件は

すなわち数列 f_n^2  の無限級数が有限の値に収束することである.
この条件を満たすとき函数列 \{F_N\}_{N\geq1}  はCauchy列となる.
したがって

L^2  のある函数に収束する.
f_n  が自乗可積分函数 f\in L^2  の一般Fourier係数 \langle{\varphi_i, f}\rangle  の場合,

という量を評価してみよう.
内積の定義により

を得る.
D_N\geq0  なので

となり,最後に N\to\infty  とすれば

Besselの不等式

が成り立つ.
これをBesselの不等式という.
f  は自乗可積分函数なので |f|^2<\infty
ゆえにBesselの不等式より無限級数 \sum_{n=1}^{\infty}f_n^2  は有限の値に収束し,一般Fourier係数は二乗の無限級数が有限の値に収束するので f  の一般Fourier級数

はある函数 \tilde{f}\in L^2  に収束する.

最後に2つ目の問題で f  の一般Fourier級数が f  に収束すること(つまり \tilde{f}=f  )を確認しよう.
そのためには正規直交函数系が張る空間(一般Fourier級数全体の集合)

を定義する.
有限次元のベクトル空間では基底の張る空間はベクトル空間に一致していた.
同様に正規直交函数系が張る空間 \mathcal{A}  L^2  に一致するようにしたい.
このことは次のように表現される: 任意の g\in L^2  と任意の正の実数 \epsilon>0  に対して, |g-\tilde{g}|\leq\epsilon  となる \tilde{g}\in\mathcal{A}  が存在する.
このとき正規直交函数系は完全系であるという.
完全系であれば任意の自乗可積分函数 f  に対してそれにいくらでも近い一般Fourier級数 \tilde{f}  が存在する.

上の完全系の定義では \tilde{g}  の極限値が必ずしも \mathcal{A}  に属するとは限らない.
正規直交完全函数系 \{\varphi_1,\varphi_2,\cdots\}  のすべてと直交する函数 h  の集合

を定義してその性質を調べよう.
任意の h\in\mathcal{A}^{\perp}  は任意の g\in\mathcal{A}  と直交する; \langle{h, g}\rangle=0
完全系よりこの h  に収束する一般Fourier級数 \lim_{n\to\infty}\sum_{n=1}^{N}h_n\varphi_n  が存在する.
しかしながら h  の自分自身との内積については,有限和 \sum_{n=1}^{N}h_n\varphi_n  \mathcal{A}  の元であることに注意して

となる.
よって内積の非退化性から h\equiv0  が導かれ, \mathcal{A}^{\perp}=\{0\}  とわかる.
これは一般Fourier級数によって表せない自乗可積分函数は存在せず L^2  \mathcal{A}  は極限において一致することを意味する.
実際,任意の f\in L^2  と任意の m  に対して十分大きな N  をとれば

となり f-\sum_{n=1}^{\infty}f_n\varphi_n\in\mathcal{A}^{\perp}  ,すなわち

が成立する.
逆に任意の f\in L^2  に対して一般Fourier展開が可能であれば,正規直交函数系は完全である.

さらに正規直交函数系が完全系の場合,任意の自乗可積分函数 f \in L^2  について

Parsevalの等式

と書けるが,これはBesselの不等式の等号成立の場合に一致しParsevalの等式と呼ばれる.
逆にParsevalの等式が成り立つとき h\in\mathcal{A}^{\perp}  に関して,任意の n  \langle{\varphi_n, h}\rangle=0  なので |h|^2=0  となる.
よって内積の非退化性により \mathcal{A}^{\perp}=\{0\}  が再び導かれ,正規直交函数系は完全系であることがわかる.

以上の正規直交完全函数系に関する重要な結果をまとめると,以下の4つの主張はすべて同値である:

  1. 正規直交函数系 {\varphi_1,\varphi_2,\cdots}  が完全系である
  2. \mathcal{A}^{\perp} = {0}
  3. 任意の f\in L^2  に対して一般Fourier展開可能: f=\sum_{n=1}^{\infty} \langle{\varphi_n, f}\rangle\varphi_n
  4. 任意の f\in L^2  に対してParsevalの等式が成立: |f|^2=\sum_{n=1}^{\infty}\langle{\varphi_n, f}\rangle^2

次の節で三角函数を用いて正規直交函数系を構成し,それが完全系になることを示そう.

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