Prerequisite
Maxwell方程式はある特別な変換の下で不変であることがわかっている.
この不変性は電場と磁場がポテンシャルを用いて,
と書き表されたことに関係する.
Maxwell方程式は電場と磁場に関する方程式でありポテンシャル はそれを解くための道具にすぎないはずである.
したがってたとえばベクトルポテンシャルを任意のスカラー函数 を用いて, と変換してみても,
となって磁場は不変なので物理法則としても不変と言える.
他方,この変換の下で電場は,
と変換され不変ではない.
しかし同時にスカラーポテンシャルが と変換するのであれば,
となって不変である.
結局,Maxwell方程式は,
あるいは四元ベクトル表記では
ゲージ変換
という変換の下で不変であることがわかる.
この変換をゲージ変換 (gauge transformation)といい,Maxwell方程式はゲージ不変である.
このゲージ変換の存在は方程式を解いたり理論を構成する上で便利である.
つまり状況に応じてうまくスカラー函数 を選んでくることで,議論の見通しを良くしたり方程式
の形を簡潔にしたりできる.
を適当にとって を一意に定めることをゲージ固定という.
Maxwell方程式がゲージ変換に対して不変であるのでどのようにゲージ固定をとっても導かれる結果は同じになる.
ゲージ固定の例をいくつか挙げよう.
一つ目はCoulombゲージとよばれるゲージで
Coulombゲージ
となるように を選ぶ.
実際 である任意のベクトルポテンシャルに対して,
を満たすように を選べば良い.
この方程式はPoisson方程式であり無限遠で となる境界条件のもとで一意な解が存在する(後述).
このゲージ固定の利点はスカラーポテンシャルが静電場の場合と同じになることである.
一般の電場ではGaussの法則は,
なのに対し,Coulombゲージを採用すると,
となる.
これは静電場に関するPoisson方程式と同じ形である.
次にLorenzゲージ,
あるいは
Lorenzゲージ
を紹介しよう.
註)スペルに注意.Lorentz変換のH. A. Lorentzとは別人のL. V. Lorenzに因るものである.カオスで有名なLorenz方程式はまた別人のE. N. Lorenzに因む.
これはLorentz共変な形のゲージ固定である.
四元ポテンシャルに対する方程式は,
となる.
スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルでは
という2つの対称性の良い方程式が得られる.
このゲージ固定をするためには任意の に対して,
を が満たせば良い.
しかしながらLorenzゲージではまだゲージを固定しきれていないことがこの方程式から見てとれる.
が方程式,
を満たしておれば,さらに という変換を施してもLorenzゲージのための条件式は不変である.
またこれはゲージ変換なので に関する方程式も不変である.
よってLorenzゲージではまだこのような函数 の不定性を残しているのである.
最後に輻射ゲージ (radiation gauge) を紹介しておく(放射ゲージとも呼ぶ).
これは電荷が存在しない場合,すなわち のとき使えるゲージ固定である.
Lorenzゲージの四元ポテンシャルは を満たす に対してさらに
となるように変換する.
したがって として
と選べば なので も満たし,Lorenzゲージを保ったままゲージ変換を施せる.
輻射ゲージを採用するとスカラーポテンシャルは恒等的に であり
輻射ゲージ
となる.
このもとでMaxwell方程式は
のみで電場と磁場は
によって計算可能となる.
輻射ゲージは本質的には電荷がない場合のCoulombゲージと等価である.
本稿では電荷がない場合を特に区別して輻射ゲージと呼ぶことにする.
一様静磁場 におけるゲージ固定の方法として対称ゲージ やLandauゲージ などがある.
これらは量子論における古典電磁場の取り扱いで詳しく論じる.
また量子電磁気学(QED)において電磁場を量子化する際にはFeynmanゲージとよばれるゲージ固定を行う.
場の量子論においては電磁場よりもゲージ対称性を基本とするゲージ原理を採る.
物質場に対するゲージ原理の帰結として電磁場などのゲージ場 (gauge field) が登場する.