固有状態ベクトル

Prerequisite

線型演算子 \hat{A}  と状態ベクトル |{\psi}\rangle  については次のような方程式を立てることができる:

ここに a  はふつうの複素数である.
線型写像で移した先のベクトルが元のベクトルと平行になることを意味する.
これを満たすような複素数 a  状態ベクトル |{\psi}\rangle  を求めることがこの方程式を解くことにあたる.ただし自明な解 |{\psi}\rangle=0  は除いておく.
この解 a,\,|{\psi}\rangle  をそれぞれ固有値 (eigenvalue) ,固有値 a  に属する固有ベクトル (eigenvector) という.
以下では固有ベクトルが固有値に属することを明記するために状態ベクトルのラベルは固有値と同じにとって |{a}\rangle  のように表記する.
他にラベル付けする必要があるときにはラベルを並べて |{abcd\cdots}\rangle  と表記する.
固有ベクトルは状態ベクトルなので対応する状態が存在し固有状態 (eigen state) という.

両辺のHermite共役をとってみれば

がブラベクトルについて成り立つ.

自己共役演算子 \hat{A}  の固有値を調べてみよう.
一般に \mathbb{C}  上のベクトルの固有値は複素数であるが,このときには固有値はかならず実数になることが示される.内積の性質から

左辺では方程式より \langle{a}|\hat{A}|{a}\rangle=a\langle{a|a}\rangle  である.
右辺では a^*\langle{a|a}\rangle  となる. 内積の正定値性と |{a}\rangle\neq0  より \langle{a|a}\rangle  で割ることができて a=a^*
つまり固有値 a  は実数である.
このことは物理量が複素数ではなくかならず実数で測定されなければならないことを反映している.
あとのBornの確率規則の節で詳述する.

自己共役演算子 \hat{A}  の異なる固有値に属する2つの状態ベクトル |{a_i}\rangle  |{a_j}\rangle  を考えよう( a_i\neq a_j  ).
固有値方程式は \hat{A}|{a_i}\rangle=a_i|{a_i}\rangle  \hat{A}|{a_j}\rangle=a_j|{a_j}\rangle  であるから, \langle{a_i}|\hat{A}|{a_j}\rangle  をケット側,ブラ側で2通りに計算すれば,

となる.
a_i\neq a_j  だから内積は \langle{a_i|a_j}\rangle=0  となる.
つまり異なる固有値に属する2つの固有ベクトルはかならず直交している.

また固有値 a  に属する固有ベクトルが複数存在しそれらが一次独立な場合がある.
それらが n  個あるとして |{a,1}\rangle,\,\cdots,\,|{a,n_a}\rangle  とする.
\hat{A}  は線型なのでこれらの線型結合もまた同じ a  に属する固有ベクトルでなければならない,

こうして構成される固有値 a  に属する固有ベクトル全体の集合を a  に属する固有空間といいこれは状態ベクトル空間 \mathscr{H}  の部分ベクトル空間になっている.

物理では固有空間の次元 n_a  2  以上のとき,固有値 a  縮退 (degeneracy) があるという.
縮退の度合いを表す量は固有空間の次元で定義され,縮重度という.
縮退があるときには同じ固有値に属する固有ベクトルでも a  以外の異なるラベルがつけられているものが存在することになる.

いま状態ベクトル空間 \mathscr{H}  の次元は特に定めていないので,その次元が必ずしも可算でないことに注意せよ.
もし連続無限の場合はここでの議論は修正が必要である.
本稿では連続無限の場合の詳細には立ち入らずあとの節でまとめて紹介するにとどめる.

以上から \hat{A}  が自己共役演算子ならば各固有空間の基底として大きさ 1  で直交化した基本ベクトルの組み

をとることが可能である.
任意の状態ベクトルは

のように展開できる.
展開の係数 \psi_{a,k}  は上式に \langle{a,k}|  を作用させ直交関係を用いれば得られて

系の状態を記述するのに十分かつ最低限のオブザーバブル \hat{A},\hat{B},\hat{C},\cdots  を用意する.
古典論で系の状態は位置と運動量で記述されていた.
量子論的な状態を記述するオブザーバブルもこのような物理量であることを念頭におこう.
各々のオブザーバブルの固有状態が存在するが,たとえば \hat{A}  の固有状態が同時に \hat{B}  の固有状態にもなっていることがある.
このような状態を \hat{A}  \hat{B}  同時固有状態とよぶことにしよう.
\hat{A},\,\hat{B}  |{a,b,k}\rangle  と書くと,

が成り立つ( k  は縮退のラベル).
同時固有状態が存在するとき2つのオブザーバブル \hat{A}  \hat{B}  は可換になる.
また逆に [\hat{A},\,\hat{B}]=0  ならば同時固有状態が存在する.
実際,

これから [\hat{A},\,\hat{B}]|{a,b,k}\rangle = 0  が任意の同時固有状態 |{a,b,k}\rangle  について成り立つ.
したがって [\hat{A},\,\hat{B}]=0  がいえる.
逆に [\hat{A},\,\hat{B}]=0  のとき, \hat{A}  の固有状態 |{a,k}\rangle  をとると,

となって \hat{B}|{a,k}\rangle  も固有値 a  に属する固有状態になる.
したがって a  に属する固有空間の基底を用いて \hat{B}|{a,k}\rangle=\sum_lc_{a,l}|{a,l}\rangle  とかける.
つまり \hat{B}  の作用は固有空間の中で閉じている.
そのため \hat{B}  に関する固有値問題 \hat{B}|{b}\rangle=b|{b}\rangle  を満たす固有ベクトルもこの固有空間の中で閉じている.
それゆえ任意の \hat{B}  の固有ベクトルは同時にある a  に属する固有ベクトルであり同時固有状態 |{a,b,k}\rangle  と書くことができる.

この主張から, \hat{A}  に縮退があって異なる状態が同じ固有値 a  に属していても \hat{B}  の固有値が異なっていて |{a,b}\rangle  |{a,b'}\rangle  のように書けるならば縮退がないことになる.
物理ではこれを「縮退が解ける」と表現する.
このとき a  に属する固有空間の基底を \hat{B}  の固有ベクトルで取り直すことができる.
もしまだ \hat{B}  に縮退が存在しても, \hat{A},\hat{B}  の両方に可換な \hat{C}  が存在すればやはり縮退した状態を固有値 c  のラベルで区別することができる.

こうして系を記述する物理量 \hat{A},\,\hat{B},\,\hat{C},\cdots  に対して基本ベクトルの組み \{|{a,b,c,\cdots}\rangle\}  を得たとする.
これを量子論の言葉では正規直交完全系 (CONS; complete orthogonal nomal system) という.
基本ベクトルが満たすべき性質

は正規直交関係という.
正規直交完全系を構成すれば任意の状態ベクトル |{\psi}\rangle  は,

と展開できる.
\psi_{abc\cdots}  は展開の係数で直交性から \psi_{abc\cdots}=\langle{a,b,c,\cdots|\psi}\rangle  である.

次節では基底とオブザーバブルの関係について詳しく見ていこう.

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