中心力場と極座標

われわれは前節で中心力場中では平面極座標を導入することが自然なことをみた.ここでは始めからNewton方程式に平面極座標を導入してさきほどの結果を導出してみよう.

中心力場 V(r)  の中では角運動量が保存することとそれゆえ質点の運動が平面内に限られることは既知とする.
そこでその平面に x,\,y  座標を入れて垂直な方向に z  軸をとる.

中心力場中の質点の運動方程式は,

この右辺を次のように書き換える:

\boldsymbol{e}_x,\boldsymbol{e}_y,\boldsymbol{e}_z  は各 x,y,z  軸方向の単位ベクトルでありその成分は (1,0,0)
(0,1,0)  (0,0,1)  である.
これらを直交座標系の基本ベクトルという.
いま直交座標系の基本ベクトルたちを極座標系の基本ベクトルに書き換えることが目標である.

書き換えの式を導出する前に基本ベクトルについて復習しよう.
三次元空間を考えたとき任意のベクトルは3つの基本ベクトルの線形結合でかくことができる.
つまり \boldsymbol{e}_1,\boldsymbol{e}_2,\boldsymbol{e}_3  を一般の基本ベクトルとし, \boldsymbol{v}  を任意のベクトルとすると,

と一意にかける.このとき現れる係数をベクトル \boldsymbol{v}  の成分という. 基本ベクトルたちは次の正規直交関係を満たす:

正規直交関係

すなわち基本ベクトルは大きさが 1  で,互いに直交している.
もし \boldsymbol{v}=\boldsymbol{0}  ならばかならず v_1=v_2=v_3=0  となる.
なぜならば \boldsymbol{v}=\boldsymbol{0}  のとき,両辺 \boldsymbol{e}_1  との内積をとってみると正規直交関係から \boldsymbol{e}_1\cdot\boldsymbol{v}=v_1=0  となる.
同様に \boldsymbol{e}_2,\,\boldsymbol{e}_3  との内積をとれば他の係数も0であることがわかる.

直交座標から極座標への変換は,

によって行われる.各座標の時間微分は,

さらにもう一度時間微分をとって加速度は,

と表される.したがって加速度ベクトルは,

ここで極座標における基本ベクトルとして,

極座標の基本ベクトル

を選ぶ.実際この3つのベクトルは正規直交関係 \boldsymbol{e}_i\cdot\boldsymbol{e}_j=\delta_{ij}  を満たすことは容易にわかる.
\boldsymbol{e}_r  は動径方向の単位ベクトルであり, \boldsymbol{e}_{\theta}  はこれに垂直方向で角度の増加する向きを向く.
基本ベクトルは座標変数が増加する向きの単位ベクトルに一致する.

平面極座標の基本ベクトル

これを用いると加速度ベクトルは,

一方,運動方程式の右辺も極座標の基本ベクトルで書き直すと,

以上から平面極座標での運動方程式は次のようになる:

すべての項を左辺にまとめると,

基本ベクトルの性質から次の3つの方程式がえられる:

質点の運動は平面内に限られその位置は (r,\theta,0)  によって指定されるとしているので第3の方程式は関係ない.
第1,第2の方程式が質点の運動を決定する.

第2の方程式の両辺に r  をかけると,

ゆえに M=mr^2\dot{\theta}  という量が保存量となる.
これは先に見た角運動量保存則である.

さらにこの保存則によって第1の方程式から \dot{\theta}  を消去すれば,

両辺に \dot{r}  をかけて時間について積分すると,

こうすると積分が実行できて,

ここで,

という定数で上にえられた結果はエネルギー保存則に一致する.
あとは前節と同様の式変形により質点の軌道を決定する方程式がえられる.

動径 r  についての二階の微分方程式をもういちど見てみよう.

この式は普通の運動方程式と同じ形の微分方程式である.
ただし直交座標では現れなかった新たな力の項 M^2/mr^3  が付け加わっている.


この項は角運動量保存則によって現れた項で,遠心力ポテンシャル(centrifugal force)とよばれる.
遠心力ポテンシャルは速度の2乗に由来していて, \dot{\theta}  が消去され r  にのみ依存する中心力ポテンシャルの形となっている.
それゆえ,このポテンシャルから導かれる「遠心力」はあたかも \boldsymbol{e}_r  の方向に加わっているようにみえるが,実際には存在しない力,「見かけの力」である.

なぜこのような項が現れたかというと,われわれが直交座標から極座標へ移ったときに座標系(基本ベクトル)をも取り替えていることに起因する.
座標系の取り替えは観測者の取り替えを意味していた.
極座標の基本ベクトル \boldsymbol{e}_r,\,\boldsymbol{e}_{\theta}  xy  座標から見ると成分に \theta  を含むので時間依存している.
\boldsymbol{e}_r  x  軸との角度が \theta  の単位円上の点であり, \boldsymbol{e}_{\theta}  \theta+\pi/2  の点を示している.
つまりこの取り替えではわれわれは静止系から観測者自身が角速度 \dot{\theta}  で回転するような回転座標系に移っているのである.
そうするともはや慣性基準系ではなくなり慣性の法則は成り立たないが,慣性力の項を加えることで慣性の法則を取り戻す.
慣性力は座標変換に伴ってあらわれる項だったからいまの場合遠心力がまさにそれである.

遠心力ポテンシャルと実際の中心力ポテンシャルを一緒にして一つのポテンシャルと見なしたものを有効ポテンシャル(effective potential)という.

有効ポテンシャルとエネルギー一定領域により質点の可能な軌道が定まる.左側では遠心力ポテンシャルの影響で原点にポテンシャルの壁(斥力芯)が存在し,そこで質点は軌道を転回する.右側は質点の軌道は有界領域に束縛されている.

エネルギー保存則を有効ポテンシャルで書くと

速度の2乗は必ず正であることから,

という不等式が成立しなければならない.
つまり質点の軌道は必ず有効ポテンシャルより上のエネルギー一定の領域に限られる.
特に V(r)  が原点で発散しない場合は遠心力ポテンシャルの効果により原点に無限に高い障壁が現れる.
そのため質点は原点に近づくことはできても到達はできない.
最接近するときの動径は E=V(r)  の解のうち r>0  かつ最小のものである.
このとき保存則より \dot{r}=0  であるから質点の動径方向の速度は 0  となる.
したがって原点に向かってくる質点( \dot{r}<0  )はこの最小の r=r_{\mathrm{min}}  で転回し原点から遠ざかる( \dot{r}>0  )軌道に変わる.
\mathrm{r}_{\mathrm{min}}  を質点の軌道の転回点(turning point)という.

また有効ポテンシャルの谷にエネルギー一定領域が入っている場合は r  に最小値と最大値が存在し,質点の軌道は有界な領域に限られる.

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