非慣性系

ここまで観測者は慣性の法則にしたがって運動する慣性系であると仮定してきた.
つまり別の慣性系にいる観測者Bobからは観測者Aliceは等速直線運動(または静止)しているように見える.
もしBobからみてAliceが非慣性運動をしている場合,Aliceの観測する質点の運動方程式はどのようになるだろうか.

慣性基準系Bobと非慣性系Alice

Bobを慣性基準系とし,AliceはBobからみてある加速度 \boldsymbol{A}  で運動しているとしよう.
ただしAliceは座標軸の向きは変えずに並進運動のみしている.
Bobからみた質点の座標を \boldsymbol{r}  ,Aliceの座標を \boldsymbol{R}  とし,Aliceからみた質点の座標は \boldsymbol{r}'  とする.
すると次が任意の時刻で成立する:

Bobから見た質量 m  の質点の運動方程式

とする.ただし \boldsymbol{a}=\ddot{\boldsymbol{r}}
上の関係式を代入すればAliceから見た運動方程式

となる.ここで \boldsymbol{a}'=\ddot{\boldsymbol{r}}',\,\boldsymbol{A}=\ddot{\boldsymbol{R}}
Aliceから質点の運動を見るとあたかも力 -m\boldsymbol{A}  が質点に働いているかのように見える.
しかしこの項はAliceが非慣性運動していることに由来する見かけの力 (fictious force) である.
この見かけの力は特に慣性力と呼ばれる.
Aliceから見た質点の運動方程式は慣性力を加えることで,あたかもAliceが慣性系であるかのように扱うことができる.

エレベーター内の質点

非慣性系の身近な例としてエレベーターを取り上げる.
エレベーターが上向きに加速度 A  で上昇しており,中に置かれた質量 m  の質点も一緒に上昇している.
エレベーターの外にいるBob(慣性系)から見ると質点は加速度 A  で上昇運動している.
したがってエレーベーターを上向きに引っ張っているワイヤーの張力を T  とすれば運動方程式は

が成り立っている.
他方でエレベーターの中にいるAliceから見ると質点には慣性力 mA  が下向きに働いていて

となる.つまりAliceから見ると質点は慣性力と張力がつり合って静止している,ように見える.

回転座標系

次にBobとAliceは同じ場所にいるがAliceは一定角速度 \Omega  回転している場合を考えよう.
これを回転座標系という.

簡単のため質点の運動は水平面に限られるとし平面上で議論する.
Bobから見て静止している質点の座標を (x,y)  とする.
またはパラメータ表示して x=R\cos\theta,\,y=R\sin\theta  とする.
Aliceから見ると,時刻 t  での座標は

である.
\dot{x}=\dot{y}=0  であることに注意して,Aliceから見た質点の速度と加速度を計算すると,

と,

となる.
速度の向きは時計回りに大きさ R\Omega  であり,加速度の大きさは原点方向に大きさ R\Omega^2  である.
よってAliceから見ると質点は向心力 F=R\Omega^2  ,速さ R\Omega  の等速円運動をしているように見える.

ではBobから見て角速度 \Omega  で反時計回りに等速円運動する質点の運動を,回転座標系のAliceから観測すれば静止して見えるはずである.
Bobから見て質点の運動方程式は,

\boldsymbol{F}=(F_x,\,F_y)  は大きさ F=m\Omega^2R  の向心力である.
Aliceから見た速度と加速度を, x,\,y  が時間依存する一般の函数として計算すると

と,

となる.
これらの式で x=R\cos\Omega t,\,y=R\sin\Omega t  v_x=-R\Omega\sin\Omega t,\,v_y=R\Omega\cos\Omega t  であることから,Aliceの観測する速度は v_x'=v_y'=0  となり,たしかにAliceから見れば質点は静止して見えることがわかる.
運動方程式は

F_x =-F\cos\Omega t,\,F_y = -F\sin\Omega t  なので,

F=m\Omega^2R  なので a_x'=a_y'=0  となる.
特に運動方程式の x'  成分では慣性力 mR\Omega^2  と向心力 F  がつり合っている.
回転座標系において向心力と反対向きに生じる慣性力を特に遠心力 (centrifugal force) という.
等速円運動する質点と一緒に回転する観測者からはあたかも向心力と遠心力がつり合って静止しているように見える.

三次元の非慣性系の回転運動も含めた一般の議論は剛体の章に譲る.

Problems

\textsc{Problem1.}

一定加速度 \boldsymbol{A} で水平方向に直線運動する箱を考える.
箱の中には天井からひもで吊るされた質量 m の物体がある.
物体は箱の中で静止しているときひもの振れ角を求めよ.
ただし重力加速度を g とする.

\textsc{Solution.}

箱の中の物体に働く力は重力 mg  とひもから受ける張力 T  である.
箱の中から観測する場合は箱の進行方向と逆向きに慣性力 mA  も働く.
物体は静止しているから,水平方向と鉛直方向の運動方程式は,

ここで x  軸は箱の進行の向き, y  軸は鉛直上向きにとっており, \theta  はひもと y  軸のなす角である.
これらからただちに

この現象はたとえば電車のつり革などで見られる.

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非慣性系” への3件のフィードバック

  1. こんにちは。『電荷』が自然界に存在すると言う、物理概念を否定するものです。ローレンツ力で、その慣性体は何でしょうか。『力』は速度の変化を妨げる慣性体にしか生じません。『電荷』には力は発生しない筈です。

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    1. 「慣性体」とはどういう意味で使われている言葉でしょうか?
      「力」は運動方程式にしたがって物体に加速度を生じさせているものです
      厳密な言い方をすれば,「電荷にローレンツ力が発生する」ではなく「電荷と速度を持つ物体にローレンツ力が作用し加速度が生じる」ですね

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