この節では二体系の角運動量について議論する.
二体系では系の状態は2つの粒子に対応した状態ベクトルのテンソル積で のように書き表すことができた.
このときそれぞれの粒子の角運動量と系全体の角運動量の間の関係について興味がある.
2つの粒子 があってそれぞれの角運動量演算子が であるとする.
この二体系の合成の角運動量 の固有値問題について考えよう
(正確にはテンソル積状態に作用する演算子として ).
それぞれの粒子の固有状態は と表され,
を満たす(角運動量は の次元をもつが,ここではすでに定数倍は再定義して取り除かれているものとする).
ただし .
この2つの状態のテンソル積の状態 を作る.
この状態は4つの演算子 の同時固有状態である.
一方 より,合成系の角運動量演算子 は とおなじ交換関係 を満たすことがわかる.
さらに とおくと もわかる.
したがって と の同時固有状態 を構成できて,
を満たす.
もとの二体系の基底には4つのラベル と があったので, にもさらに後2つのラベルが存在すると考えられる.
そしてそれに対応するのが であり,交換関係を調べると
よって のいずれの場合もこれらは に等しい.
以上のことから4つの演算子 の同時固有状態ベクトルを と書くことができて,
を満たす.
の取りうる範囲は によって制限される.
こうして二体系の角運動量の状態空間を張る2種類の基底を得ることができた: と である.
この2つの基底の間の変換公式を求めたい.一方の基底ベクトルをもう一方の線形結合で表すと,
ここで展開係数は
Clebsch–Gordan係数
で定義され,Clebsch–Gordan係数とよばれる.
では各ラベルの間の関係について詳しく見ていこう.
まず を作用させてみると
となる.
一方 の属する固有値は なので
が常に満たされなければならない.
はそれぞれ から までをとることができる.
それゆえ は から までの範囲を動く.
逆に が与えられると和が となるような分割の場合の数だけ が許される.
最大固有値 のときは のみであり, のときは の2つが存在する.
こうして のときは
の 通り存在し, を1つ下げると許される組みが1つ増える.
しかし より下がると事情が変わってくる.
簡単のため として の場合を同じように考えると,
があるように思えるが最初の組み は の最小値 を超えてしまっており,これは許されない.
したがってこのときは のときと同じく 通りだけが許される.
の値を下げていってもしばらくこの状態が続き, のとき
でちょうど全ての 通りが許される.
これ以降は許される組みが1つずつ減っていき では
の 通りが許される.
以上の考察をまとめると以下の表1のようになる.
の個数は固有値 に属する固有空間の次元とも言い換えられる.
Clebsch–Gordan係数はこのような固有空間内の基底の線型結合で表したときの展開係数と言える.
次に固有値 について調べたい.
の最大固有値 に属する固有状態 をとってみる.
上昇下降演算子を で定義すると,最大性から を満たさなければならない.
すると と書けることを利用すれば
が成立し が導かれる.
あとは通常の角運動量演算子の議論と同じでこの最大固有値に属する状態 に下降演算子を次々に作用させることで までの状態を1つずつ作ることができる.
これらは全部で 個の状態の組みであり,それぞれの状態は表1の対応する の値の固有空間に属している.
特に と は次元が なので
などと書かれる.
比例係数は適当な規格化と位相因子の選択により に選ぶことができる.
次に に属する固有状態 をとってみる.
の固有空間の次元は であり,そのうちの1つは に属する状態 である.
もう1つをこれと直交するように を選ぶと の固有空間の任意のベクトルはこの2つの線型結合で表せる.
ここに上昇演算子を作用させると になることから直交の条件は
つまり状態 と は直交している.
しかしながら の固有空間の次元は なので
でなければならない.
つまり が最大固有値の状態であり,全く同様の議論から が導かれる.
そして通常の角運動量演算子の議論と同じようにしてこの最大固有値に属する状態 に下降演算子を次々に作用させることで までの 個の状態を作ることができる.
こうして (と同時に )の固有空間の独立なベクトルを得ることができた.
上記の議論を繰り返せば では 個の状態の組みを得ることができる.
そうして まで繰り返せばすべての の固有空間の独立なベクトルの組みが尽くせて,結局 の取りうる値は
とわかる.
固有空間は によって全ての縮退が解けて以下の表2のように分解される.
表2で縦方向に を合計すると下降演算子から得られる状態の組みの個数 になり,横方向に合計すると固有空間の次元になる.
こうして二体系の全角運動量 の構成が可能となった.
が与えられたときその合成した状態ベクトル は次のように構成していく.
(i). まず最大固有状態 を
として定める.
(ii). 下降演算子 を次々に作用させて まで得る.
(iii). 次に を と直交するように決める.
(iv). 下降演算子 を次々に作用させて まで得る.
(v). (iii), (iv)を繰り返して まで得られる.
(i)-(v)のステップで角運動量の合成が完了する.
次の節で具体的な系で角運動量の合成を計算する.