Prerequisite
前節でKlein–Gordon場を正準量子化して得られたHamiltonianは,
である.
量子論でのHamiltonianとはエネルギーに対応したオブザーバブルであった.
状態空間の内積の正定値性から任意の状態ベクトル に対して
である.
等号成立は任意の に対して
が成り立つ状態 のときである.
はエネルギー固有値が最低の基底状態であることからこれ以上消滅演算子 によって固有値が下がらない.
場の量子論では基底状態 を真空 (vacuum) と呼ぶ.
真空は,
を満たすエネルギー固有状態である.
以下の議論で便利なHamiltonianと生成・消滅演算子の交換関係を調べておく.
簡単な計算により
とわかる.
この関係も一次元調和振動子と全く同じである.
真空に生成演算子を1つ作用させた状態 をつくる.
この状態にHamiltonianを作用させて交換関係を使うと,
となって,エネルギー固有値が の固有状態であることがわかる(このエネルギーは質量殻条件 を満たしている).
状態 を質量 ,エネルギーと運動量が の粒子が一つある状態と解釈できる.
そこで状態 は運動量 でラベルする; .
この意味で はスカラー粒子の一粒子状態と呼ばれる.
次に真空に生成演算子を2つ作用させた状態 をつくる.
この状態にHamiltonianを作用させると
となって,エネルギー固有値が の固有状態であることがわかる.
ただし である.
ゆえに状態 は運動量とエネルギーが の粒子と の粒子のある二粒子状態と解釈できる.
ここで系の運動量とエネルギーは質量殻条件を満たさないことに注意しよう.
系の全エネルギーは なのに対して全運動量は である.
は一般に2つの運動量ベクトルの大きさだけでなくそれらが成す角度にも依存している.
二粒子状態のエネルギーは質量殻条件の代わりに次の不等式を満たす(問題参照):
ただし であり に上限はない.
たとえば のときでさえも, の大きさはいくらでも大きく選べるので はいくらでも大きくできる.
等号成立は のとき.
二粒子状態は2つの運動量でラベルして と書くことができる.
上のことを拡張して 粒子状態は,
で構成できて,エネルギー固有値は となる.
次に運動量演算子の方も同様に調べておこう.
場の全運動量に対応した演算子は空間の並進不変性に対応したNoetherチャージから定義するのが良い.
場のLagrangianが並進不変性をもつときエネルギー運動量テンソル
が連続の式を満たす.
このテンソルを用いてNoetherチャージは
と定義される.
Klein–Gordon場のLagrangianを代入して計算すると であり,空間成分に関しては
となっている(問題参照).
これをKlein–Gordon場の全運動量演算子として採用しよう.
各エネルギー固有状態への作用を調べていく.
まず真空 については明らかに,
一粒子状態 については,
となって粒子の運動量 を返す.多粒子状態では,
これらは交換関係がエネルギーと全く同じことからすぐにわかる.
全エネルギーと全運動量の固有値 に属する多粒子の固有状態は和の分け方によって無限にたくさんある.
言い換えると を固定すると,各粒子の運動量の分配の仕方の総数分だけ縮退している.
全運動量が同じでも各粒子の運動量の成す角度を変えることで全エネルギーは連続に変化させることができるので,全運動量 と連続なパラメータ によって区別できる.
そこで2粒子以上の状態はまとめて と書く.
ここで には粒子数 もふくまれる.
この節の最後に固有状態の規格化を行おう.
真空は に規格化されているとする:
1粒子状態については交換関係と真空の性質により連続スペクトルのときの正規直交関係
が成り立っている.
デルタ函数の前の係数は余分に思えるが,Lorentz不変な測度 と整合させるために残しておく.
自由なKlein–Gordon場のスペクトルをまとめておく.
横軸に運動量 ,縦軸にエネルギー固有値 をとる.
(i) 唯一の真空 はエネルギー の基底状態ある.
(ii) 一粒子状態 は双曲面 を描く.
(iii) 二粒子以上の多粒子状態 は上図で表される双曲面の上側の連続な領域を占める.
次の節ではLorentz変換とこれらの演算子の間の関係性について議論していこう.
Problems
二粒子状態における不等式 を示せ.
が によらず正であることを示せばよい.
第1項を展開して,
Cauchy–Schwarzの不等式 を用いて整理すると,
あとは の正負で場合分けをして評価すれば,いずれにせよ 以上であることがわかる.
Klein–Gordon場のエネルギー運動量テンソルから運動量演算子を導出せよ.
まず定義より
ここに場の一般解を代入して
空間積分を実行して
第3項と第4項は奇函数の積分なのでおちる.
第1項については交換関係を使って生成演算子を左に持ってくる.
これによりデルタ函数の発散項があらわれるが 積分は対称な範囲における奇函数の積分なので落ちる.
以上により所期の結果を得る.