電磁気学に入る前に特殊相対性理論についてふれる.
特殊相対性理論は1905年にA.Einsteinによって発表され,Newton力学の世界が時空間の一般的な性質のうちのかなり特殊な事例に過ぎないことを示した.
したがってこの章では読者はNewton力学で議論してきたことを一度忘れて新しく理論を構築し直す気持ちで読み進める必要があるだろう.
基本原理は次の二つ:
- 全ての慣性系で物理法則は同じ(相対性原理)
- 光の速さは観測者によらない定数である(光速不変の原理)
この二つの基本原理はEinsteinの相対性原理と呼ばれる.
重要なことは二つ目の原理,光の速さは誰が見ても同じに見えるという主張である.
光速が観測者によらず定数になることは電磁気学の結果であり実験的にも確かめられている.
一方,Newton力学のGalilei不変性からあらゆる物体の速度はGalilei変換にしたがって変換されなければならず,光もこの例外ではないはずであった.
二人の観測者AliceとBobがいて相対速度が であったとしよう.
Aliceから見て光の速度が であったならば,Bobからは で観測されるはずである.
は光の進行方向の単位ベクトル.
ここにNewton力学の破綻があり,Galilei変換を棄却しなければならない.
はじめに特殊相対性理論を特徴付ける次の量を定義しよう:
この量を幾何的に理解するのに時間と空間の4つの軸を持った四次元時空を考える.
この四次元時空のことをMinkowski空間という.
考えるといってもこれは容易に想像できるものではないので,われわれは普通この時空間を形式的に扱うため横軸に空間 をとり縦軸に時間 をとって2次元的に表す.
Minkowski空間内に点を一つとってみる.
Minkowski空間内の点のことを事象 (event) という.
以下では事象を三次元空間の点 と区別するため などと表す.
2点 と の間で を計算すると,
世界間隔
となる.これを隣接した事象の間の世界間隔あるいは単に間隔 (interval) という.
第2項以降は三次元空間上の2点間の距離(Euclid距離)である.
2事象間の世界間隔 は時間的により離れていると虚数となる.
と が微小にしか離れていないとすると,
これはMinkowski空間での微小線要素である.
慣性基準系から物体を観測するとMinkowski空間に一つの曲線を描く.
これを粒子の世界線という.
粒子が静止していても時間は経過するので, の直線を描く.
粒子の世界線の始点 ,終点 とするある区間の長さを上の微小世界間隔の線積分によって定義する.
粒子の軌道にパラメータ を導入して のように媒介変数表示する.
このとき世界間隔のパラメータによる微分は
である.
線積分をパラメータ に変数変換すれば,
となる.
線積分のパラメータは他のものに取り替えても良かったのでここで時間をとって とすれば
粒子の速さを とおくと,
を得る.
粒子の特別な場合として光の粒,光子 (photon) の運動をとってみると,光子の速さは電磁気学の結果から で一定値であるから世界間隔は常に
となる.
光速不変の原理にしたがえば,任意の観測者から見て光子の世界線の任意の区間上で世界間隔は に等しい.
Aliceから見てBobは相対速度 で運動しているとする.
Aliceから見て2つの事象の微小世界間隔が であったとする.
このときBobから見た世界間隔 は とどのような関係にあるだろうか.
世界間隔がMinkowski時空での距離にあたることから,この関係は線型性を持つと仮定するのは自然である.
また光子に対しては なので定数項はない.
したがって2つの距離は比例の関係
にある.
は二人の観測者に関する量に依存する.
つまり相対座標 ,相対速度 ,観測時刻の差 に依存する.
しかし時空間の一様性と等方性により の形に制限できる.
よってAliceとBobの観測する世界間隔は という形で結ばれる.
この関係を再び用いるとAliceでの世界間隔は .
よって である.
Aliceが世界間隔で として三次元の長さを測ることを考える.
その際,三次元の長さが観測者によって符号が変わることはあり得ず,Bobにとっても正の値でなければならない.
したがって となる.
以上からEinsteinの相対性原理のもとでは二人の観測者の世界間隔は不変であることが示された: