Lorentz群

この節ではLorentz変換全体の集合の一般的な性質について解説する.
Lorentz変換は世界間隔を不変にする座標変換で

を満たす.行列表記では

この条件は2階共変テンソル \eta_{ab}  がLorentz変換に対して不変であるとも解釈できる.

次のような数学的概念を導入しよう:

群の定義

集合 G が演算 \star について閉じている,つまり ^{\forall}x,y\in G に対して x\star y\in G となっている.
このとき G

  1. ^{\forall}x,y,z\in G に対して, x\star (y\star z)=(x\star y)\star z :結合律
  2. ^{\exists}e\in G があって, ^{\forall}x\in G に対し, x\star e=e\star x=x :単位元の存在
  3. ^{\forall}x\in G に対し ^{\exists}x^{-1}\in G があって, x\star x^{-1}=x^{-1}\star x=e :逆元の存在

を満たすとき, G を群 (group) という.

Lorentz変換をあらわす行列全体の集合を,

という記号で書く.
この集合での演算は普通の行列の積で定義される.
2つのLorentz変換 \Lambda,\Lambda'\in \mathrm{O}(1,3)  の積 \Lambda\Lambda'  について,

となって積もこの集合に属しているので行列の積に関して閉じている.

行列の積なので結合律は自動的に満たされる.
単位元は単位行列 I_4  である.
また任意の元 \Lambda\in \mathrm{O}(1,3)  に対して \Lambda^{\mathrm{T}}\eta\Lambda=\eta  の両辺の行列式をとると,

したがって \mathrm{det}\, \Lambda=\pm1\neq0  であるから逆行列が存在する.
\Lambda^{\mathrm{T}}\eta\Lambda=\eta  の左から \eta  をかけて \eta\Lambda^{\mathrm{T}}\eta\Lambda=I_4
さらに \Lambda  の逆行列 \Lambda^{-1}  を右からかけると,

逆元が \mathrm{O}(1,3)  に入っていることを確かめよう.
そのために \Lambda^{\mathrm{T}}\eta\Lambda=\eta  の右から \Lambda^{-1}  を,左から (\Lambda^{\mathrm{T}})^{-1}  をかけると \eta=(\Lambda^{\mathrm{T}})^{-1}\eta\Lambda^{-1}
ここで (\Lambda^{\mathrm{T}})^{-1}=\eta\Lambda\eta=(\eta\Lambda^{\mathrm{T}}\eta)^{\mathrm{T}}=(\Lambda^{-1})^{\mathrm{T}}  であるから,

よりたしかに逆行列も \mathrm{O}(1,3)  の元になっている.

以上から \mathrm{O}(1,3)  が群構造をもつことが示された.
この群をLorentz群という.
Lorentz群に定義された演算は一般に可換ではない.
したがってLorentz変換について次のことが言える:ある慣性基準系から相対速度 \boldsymbol{V}  の慣性系へLorentz変換しさらにその系から見て相対速度 \boldsymbol{V}'  の慣性系へ移ることと, \boldsymbol{V}'  の系へ移りその系から見て \boldsymbol{V}  の系へ移ることは一般に一致しない.

Lorentz変換の条件の行列式をとるとLorentz変換には \mathrm{det}\,\Lambda=+1  \mathrm{det}\,\Lambda=-1  の2種類あることに気づく.
+1  の方を固有Lorentz変換 (proper Lorentz transformation) といい, -1  の方を非固有Lorentz変換という.
固有Lorentz変換全体は特殊擬直交群とよばれ, \mathrm{SO}(1,3)  とあらわす.

特殊擬直交群は擬直交群の部分群になっている.
G  の部分集合 H  G  の部分群であるとは, H  が群 G  の演算で閉じていて任意の H  の元の逆元が H  に属することである.
\mathrm{SO}(1,3)  についてそのことをたしかめよう.
まず単位元は明らかに \mathrm{det}\,I_4=+1  であるから I_4\in\mathrm{SO}(1,3)  である.
\Lambda,\Lambda'\in\mathrm{SO}(1,3)  とするとその積の行列式は,

よって \Lambda\Lambda'\in\mathrm{SO}(1,3)  となるから \mathrm{SO}(1,3)  \mathrm{O}(1,3)  の演算で閉じている.
逆元については,

よって \Lambda^{-1}\in SO(1,3)  .以上より SO(1,3)  O(1,3)  の部分群になっている.

条件 \Lambda^{\mathrm{T}}\eta\Lambda=\eta  (\mu,\nu)=(0,0)  成分を見てみると,

ゆえに ({\Lambda^0}_0)^2\geq1  であるからLorentz変換にはさらに次の2種類が存在する:

後者の場合を順時Lorentz変換 (orthochronous Lorentz transformation) といい,前者の方を反順時Lorentz変換という.
順時Lorentz変換全体も O(1,3)  の部分群になっている.
そのことを示すために次の命題を利用する:

G とその部分集合 H について,

{}^{\forall}x,y\in H について x\cdot y^{-1}\in H
\qquad\Leftrightarrow \qquad H G の部分群

が成り立つ.

では \Lambda  \Lambda'  を順時Lorentz変換としよう.
このとき積 \Lambda\Lambda'^{-1}  (0,0)  成分は,

より {\Lambda^0}_0=\bigl[1+\sum_i({\Lambda^i}_0)^2\bigr]^{1/2}\geq1  を代入すれば,

これが 1  より大きいことを示せばよい. 簡単のため {\Lambda^i}_0=a^i,\,{(\Lambda'^{-1})^i}_0=b^i  とおこう.
そして次の不等式を示せばよい:

左辺についてCauchy–Schwarzの不等式より,

\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}+1<0  のときはこのままで正となる. \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}+1\geq0  のときは,

と変形できて,これは明らかに正である. ゆえに常に,

となって積も順時Lorentz変換であることがわかる.
固有かつ順時Lorentz変換全体は再び \mathrm{O}(1,3)  の部分群になることもわかる.

以上よりLorentz変換全体は次の4つの連結成分を持つ:

このうち単位元を含むのは \mathbb{L}^{\uparrow}_+  である. \mathbb{L}^{\uparrow}_+  の元を本義Lorentz変換という.

空間成分の符号を反転させるパリティ変換 \mathcal{P}  \mathbb{L}^{\uparrow}_-  の元であり,時間成分の符号を反転させる時間反転変換 \mathcal{T}  \mathbb{L}^{\downarrow}_+  の元である.

微小なLorentz変換について調べよう.
単位元から微小にずれているとして \Lambda=I_4+\delta\omega  とおく.
このとき \delta\omega  にはどのような条件が課せられるだろうか.
\Lambda\in O(1,3)  より \Lambda^{\mathrm{T}}\eta\Lambda=\eta  が成り立たなければならないから,

成分で書けば {\Lambda^{\mu}}_{\nu}=\delta^{\mu}_{\nu}+\delta{\omega^{\mu}}_{\nu}  であるから上式は,

(\delta\omega^{\mathrm{T}})_{\mu}{}^{\rho}\eta_{\rho\nu}=\delta\omega^{\rho}{}_{\mu}\eta_{\rho\nu}=\delta\omega_{\nu\mu}  であるから \mathcal{O}(\delta\omega^2)  を微小量として無視してしまえば結局,

となって \delta\omega  は反対称である.
反対称行列ということは対角成分は 0  にひとしく, 16個の成分のうち独立なものは6個である.
この6個のうち3つは空間回転に対応し残りの3つはブーストに対応する.
そのことは次節で解説する.

無限小変換の行列式をとってみると,

最後の行列式を小行列で展開していったとき,0次の項は 1\times(-1)\times(-1)\times(-1)=-1  であるが1次の項はあり得ない.
なぜならたとえば1次の項を作ろうとして対角線上の3成分を選んでも残りは対角線上の残りの成分に決まってしまう(これは0次の項).
つまり上の行列式は 1+\mathcal{O}(\delta\omega^2)  となる.
2次以上の項を無視すれば無限小変換の行列式は 1  に等しいことが言える.
そもそもLorentz変換の行列式は 1  -1  のどちらかであり2つの連結成分にわかれていた.
この2つは連続には移りあえないから,単位元 I_4  の近傍の元ならば必ず行列式は 1  に等しくなる.

明らかに無限小Lorentz変換の第 (0,0)  成分は1以上(等しい)であるから,無限小Lorentz変換は本義Lorentz変換である.
ゆえに任意の本義Lorentz変換は無限小Lorentz変換を繰り返して達成することができる.
つまり単位元と連続につながっている.
そこで理論が「Lorentz不変である」とか「Lorentz対称性をもつ」とかいうときには必ず本義Lorentz変換の意味で不変・対称ということに約束する.
自然法則は慣性系によらず普遍的でなければならないが,そのための慣性系間の変換は本義Lorentz変換に限ってパリティ変換や時間反転変換などに対する不変性はもたなくてもよいことにする.
実際いくつかの現象では本義Lorentz変換以外のLorentz変換に対する不変性は破れている.

任意の微小Lorentz変換から本義Lorentz変換群 \mathbb{L}^{\uparrow}_+  の任意の元を構成できる(次節で詳しく述べる).
Lorentz変換だが本義Lorentz変換でないものの例としてパリティ変換と時間反転変換を挙げた.
この2つの変換はLorentz群の構造を見る上で重要な役割を果たす.
任意の本義Lorentz変換 \Lambda  とパリティ変換 \mathcal{P}  の積を考える,

\mathcal{P}\Lambda  の行列式をとると \mathrm{det}\,(\mathcal{P}\Lambda)=-\mathrm{det}\,\Lambda=-1  となり, \mathcal{P}\Lambda  \mathbb{L}^{\uparrow}_-  の元であることがわかる.

同じように時間反転変換 \mathcal{T}  との積を考える,

\mathcal{T}\Lambda  の行列式をとると \mathrm{det}\,(\mathcal{T}\Lambda)=-\mathrm{det}\,\Lambda=-1  となる.
さらに (0,\,0)  成分は (\mathcal{T}\Lambda){^0}_0=-\Lambda{^0}_0\leq -1  なので, \mathcal{T}\Lambda  \mathbb{L}^{\downarrow}_-  の元であることがわかる.

さらに \mathcal{PT}\Lambda  という変換は行列式が +1  (0,\,0)  成分は -1  以下なので \mathbb{L}^{\downarrow}_+  の元である.
以上から \mathrm{O}(1,3)  の4つの連結成分はパリティ変換と時間反転変換によって移りあうことがわかった.

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