四元ベクトルの双対性

この節では反変ベクトルと共変ベクトルの数学的な構造について議論する.

特殊相対性理論では四次元空間上のベクトルを反変ベクトルと呼ぶ.
反変ベクトル A  をその成分 A^{\mu}  と区別するために A^a  と書こう.
上付き添字 a  A  という量が反変ベクトルであることを明示するもので, 0,1,2,3  を走る添字 \mu  とは本質的に異なる.
この添字をWaldの抽象添字 (abstract index) という.

反変ベクトル全体の集合を V  としその基底を (\partial_{\mu})^a  とすると,

と展開できる.和を省略せずに書けば,

普通は基底は各座標軸に平行で大きさ 1  のベクトルにとる.
たとえば (\partial_{0})^a=(1,0,0,0),\,(\partial_{1})^a=(0,1,0,0)  など.

を行ったとき,反変ベクトルそのものは変換されないが成分を読み取る軸が変わって,

と書ける. ここで (\partial'_{\mu})^a  は変換後の基底で A'^{\mu}  はその基底で展開したときの成分.
基底のLorentz変換の式を求めたい.

そこで四次元空間上の座標点 x  を考える.
これを位置ベクトルとして x^a=x^{\mu}(\partial_{\mu})^a  と展開すると,

x^{\nu}  (\partial_{\mu})^a  で展開したときの係数だから,

\Lambda  の逆行列を \Lambda^{-1}  とすると

となる.Lorentz変換は \Lambda^T\eta\Lambda=\eta  を満たすがこの両辺の左から \eta^{-1}  ,右から \Lambda^{-1}  をかけると

が導かれる.したがって

これが基底のLorentz変換の式である.

次に反変ベクトル空間 V  から実数 \mathbb{R}  への線型写像全体の集合を考えよう.
それを V^*  と書き,任意の元を B_a  のように下付きの抽象添字を用いて書く.
通常写像は x=f(t)  のように括弧を使って表記するが, V^*  の元が反変ベクトルに作用するときは B_aA^a  のように作用している反変ベクトルの抽象添字と同じ添字を使うことで明示する.

次のように和とスカラー倍を定義すれば V^*  にも自然にベクトル空間の構造が入る:

つまり V^*  の和とスカラー倍は \mathbb{R}  上の演算で定義する.
このベクトル空間 V^*  V  双対ベクトル空間 (deal vector space) という.
また双対ベクトル空間の元を双対ベクトルまたは1形式 (one-form) という.
相対性理論では双対ベクトルを共変ベクトル (covariant vector) という.

V^*  の基底 (\mathrm{d} x^{\mu})_a  と表記して,

と展開する. 共変ベクトル空間の基底は普通,反変ベクトルの基底に作用するとき

を満たすようにとってくる. つまり (\mathrm{d} x^{\mu})_a  は反変ベクトル A^a  \mu  成分を取ってくる写像である: (\mathrm{d} x^{\mu})_aA^a=A^{\mu}
上下の抽象添字があると縮約するのと同じようにダミーとなる.
任意の反変ベクトル A^a  を任意の共変ベクトル B_a  で写すと,


となる.すなわち反変ベクトルと共変ベクトルの各成分どうしの積の和が現れる.

同様に共変ベクトルの基底のLorentz変換を求めたい.
変換後も基底の関係が成り立つとして

したがって,

{\Lambda^{\rho}}_{\nu}  を両辺にかけて

が得られる.共変ベクトルの基底は座標 x^{\mu}  と同じ変換則を持つことがわかった.

2つのベクトル空間 V  V^*  からテンソル (tensor) をつくろう.
最も簡単なものは

という量全体の空間 V\otimes V  を作れる.
V\otimes V  は2階反変テンソル空間といい,16個の基底 (\partial_{\mu})^a\otimes(\partial_{\nu})^b  で張られている.

T^{ab}  に共変ベクトル B_a  を作用すると,

となって成分が B_{\mu}T^{\mu\nu}  の反変ベクトルとなる.
B_b  に変えても同様.

2階共変テンソル空間 V^* \otimes V^*  は16個の基底 (\mathrm{d} x^{\mu})_a\otimes(\mathrm{d} x^{\nu})_b  で張られ,任意の元は,

と書ける. T_{ab}  が反変ベクトルに作用すると,

となって成分が T_{\mu\nu}A^{\mu}  の共変ベクトルとなる.
A^b  に変えても同様.

反変と共変が混合した1階反変1階共変テンソル空間 V\otimes V^*  も作れる.
基底は (\partial_{\mu})^a\otimes(\mathrm{d} x^{\nu})_b  の16個あり,任意の元は,

と書ける.
上と同様にして,反変ベクトルに作用すると反変ベクトルになり,共変ベクトルが作用すると共変ベクトルになることがわかる.
このタイプのテンソルのうちで重要なテンソルは,

これは成分がKroneckerのデルタのテンソルで,任意の反変ベクトルに作用すると \delta^a_bA^b=A^a  となることがわかる.
添え字は変わるが反変ベクトルの成分は何も変化を受けない.
共変ベクトルに対しても同様である.
\delta^a_b  は表記として {\delta^a}_b  でも {\delta_b}^a  でもよいが,一般のテンソルは順番に注意しなければならない.

特殊相対性理論で最も重要な2階共変テンソルとして,

がある.
この \eta  を用いて反変ベクトル空間の内積を,

で定義する.
一般に内積を決める2階共変テンソルのことを計量 (metric) といい,特殊相対性理論で用いる \eta_{\mu\nu}  のことはMinkowski計量という.

B_aA^a=B_{\mu}A^{\mu}  はベクトルに線型写像が作用して実数を作っているだけであって内積とは限らないことに注意せよ.
しかし,

によって共変ベクトル A_a  を定めれば,

が成り立つ.

Lorentz変換は反変ベクトルと共変ベクトルの基底の取り替えであり

と変換される. これに伴い反変ベクトルと共変ベクトルの成分は

と変換する.
Lorentz変換は計量 \eta  を不変に保つ変換として定義されておりその結果任意のベクトルの内積も不変になる.

最後に反変ベクトル空間 p  個と共変ベクトル空間 q  個からつくられる p  階反変 q  階共変テンソル空間の元は一般に次のような形をしている:

p  階反変 q  階共変テンソルの成分の変換則は

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