Lorentz変換

Prerequisite

二人の慣性系の観測者AliceとBobを考える.
二人が同じ粒子の軌道を観測するとき,その両者の座標系はどのような関係で結ばれるだろうか.
前の節で述べたようにGalilei変換は不適当である.

まず微小な世界間隔 \mathrm{d} s^2  はすべての慣性系で不変でなければならなかった.
すなわちAliceとBobの観測する世界間隔が \mathrm{d} s^2 = \mathrm{d} s'^2  を満たす.
二人の座標軸をそれぞれ x^{\mu},\,x'^{\mu}  とすると世界間隔は,

座標変換 x^{\mu}\mapsto x'^{\mu}(x)  を積分の変数変換とみなすと,

となる.ここで (\partial x'^{\mu}/\partial x^{\alpha})  はJacobi行列である.

では座標変換として線型変換を仮定しよう:

ここで \Lambda  は座標に依存しない行列, a  は定ベクトルである( {\Lambda^{\mu}}_{\alpha}  の添字の順番と上下に注意せよ).
ベクトル a  は単に観測者の原点の取りかたなので本質的なのは行列 \Lambda  である.
この変換のもとでは

と書ける.

座標変換の制限について補足説明しておこう.
線型変換に限ると直交基底は少し広い斜交基底に移るが,時空の点によって曲がったり変化したりする基底には移らない.
逆にそのような基底の例としては回転座標系がある.
この系での粒子は見かけ上遠心力を受けるため運動は等速直線ではなくなる.
まっすぐな基底への変換(直交変換)に限ることで物体の運動が慣性力を受けない「自由な」ものだけを考えることができる.
この意味においてここでの相対論は特殊な場合について考えていることになる.
一般の座標変換に対する相対性原理は遠心力のような慣性力を受ける運動も自由運動に含めなければならない.
一般相対性理論は慣性力を重力と等価なものであると(経験則から)仮定して,重力場中での運動をも自由運動に含めることで解決される.
一般相対性理論については章を改めて議論する.

次に変換行列 {\Lambda^{\mu}}_{\alpha}  について調べていこう.
二つの世界間隔の不変性から,

が成り立たなければならない.
これを和の取り方に注意して行列で表現すれば,

次の成分どうしに成り立つ関係に注意せよ: {\Lambda_{\nu}}^{\beta} = {(\Lambda^{\mathrm{T}})^{\beta}}_{\nu})
この関係を満たす座標変換をLorentz変換という.

ところで唐突であるが三次元空間の回転変換を思い出そう.
任意の三次元ベクトルの成分は回転をあらわす O  によって,

と回転変換する(三次元ベクトルでは上下を区別する必要はない).
回転変換はベクトルの長さは不変に保つ変換と言い換えることができる.
それゆえ任意のベクトルに対して

が成り立つためには O^{\mathrm{T}}O=I_3  である.
このような行列を直交行列という.

直交行列とLorentz変換をあらわす行列 \Lambda  を比較してみると,

と似た形の条件を満たすことに気づく.
特に \Lambda  の空間成分はまさに直交行列と同じであり,時間成分において符号が逆になる.
このような行列は擬直交行列とよばれる.

この符号の違いは距離の定義に起因する.
三次元空間では距離,Euclid距離は

であり,これを不変に保つ変換は \cos,\,\sin  の2乗和がうまく現れるようにすればよかった.
たとえば z  軸まわりの回転は,

とかける.
任意の回転は z  軸まわり, y  軸まわり, x  軸まわりの回転を組み合わせればよい.

それでは「Lorentz変換は四次元の“回転”を表す」ということを念頭において, \Lambda  に対してどのような具体形が与えられるか考えよう.
簡単のため一次元の時間と一次元の空間とし,定ベクトル a^{\mu}  は無視する.
そのような時空でのLorentz変換を,

とおいてみると,条件 \Lambda\eta\Lambda^{\mathrm{T}}=\eta  から,

の3つが得られる.
一つ目と二つ目よりパラメータ \phi,\,\phi'  を導入して,

とかける.
これらを三つ目の式に代入すると加法定理より, \sinh(\phi-\phi')=0  となって \phi=\phi'
結局,Lorentz変換はひとつのパラメータ \phi  によって,

という形に書き表されることがわかった.

ただし上で双曲線函数を導入したときにわれわれは符号をひとつに選んでいる.
というのも条件 \Lambda\eta\Lambda^{\mathrm{T}}=\eta  の両辺の行列式を計算すると \det\Lambda=\pm1  がえられるが,上の具体形では必ず \det\Lambda=+1  である.
通常のLorentz変換はこの形でよいが,例えばパリティ変換については世界間隔を不変に保つ意味でLorentz変換ではあるが上のごとくに表すことはできない.
実際パリティ変換を表す行列は

ここではこれ以上議論せず当面は上の具体形を何の注意もなく用いる.

当初の目的に立ち返るとわれわれは二つの慣性系間の変換式を得たいのであった.
そしてそれは,

とかけることまでわかった.
あとは \phi  を慣性系間の相対速度 V  と関係づけたい.

Bob(またはBobにとって原点で静止している粒子)は ct'  軸に沿った世界線をはく.
これをAliceから観測するとBobは速さ \mathrm{d} x/\mathrm{d} t = V  で運動してみえる.
つまり ct'  軸は x'=0  で表され変換の式から x'=ct\sinh\phi + x\cosh\phi  なので,以上を整理すれば

\tanh\phi=\sinh\phi/\cosh\phi,\,\cosh^2\phi-\sinh^2\phi=1  より,

したがってLorentz変換は

と書ける.ここで

\gamma  Lorentz因子という.

または y,\,z  軸も付け加えて四次元の表式に戻せば,

となる.これを x  軸方向へのブースト (boost) といい,このLorentz変換によりAliceの系から x  軸方向に速さ V  で動くBobの系へ移る座標変換を表す.
今までの議論は y,\,z  軸に代えても同様に成り立つ.

Lorentz変換は四次元での回転変換でかつGalilei変換に対応するものである.
相対性原理により特殊相対性理論はLorentz変換に対して不変でなければならない.
次節以降ではLorentz変換やMinkowski空間の物理的な意味を考察していく.

Problems

\textsc{Problem1.}

x 軸方向のブーストにおけるLorentz変換の式で非相対論的極限 c\to \infty をとることでGalilei変換と一致することを確かめよ.

\textsc{Solution.}

Lorentz変換の式より

非相対論的極限 \beta=V/c\ll 1  でLorentz因子は \gamma\simeq1+\mathcal{O}(\beta^2)  なので

よって c\to \infty  として \mathcal{O}(\beta)  を無視すればたしかにGalilei変換に一致する.

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