回転群

ここでは回転行列の一般論を議論する.回転行列は「ベクトルの大きさを変えない連続変換」であって,

を満たす.回転行列の考え方は特殊相対性理論や量子力学(素粒子,原子核,凝縮系)においても非常に重要である.

2つの任意の回転行列 O_1,\,O_2  の積 O_1O_2  に関して

により O_1O_2  も回転行列である.この積は結合律を満たす.

また任意の回転行列 O  に対して(行列式が 0  でないので)逆行列 O^{-1}=O^T  が存在して

を満たし O^{-1}  も回転行列である.明らかに単位行列 I_3  も回転行列である.以上のことから回転行列全体の集合は群をなす.


註:集合 G  が演算 \star  について閉じている,つまり ^{\forall}x,y\in G  に対して x\star y\in G  となっている.このとき G

を満たすとき, G  (group) という.


回転行列全体のなす群は特別な名称があり,3次元の特殊直交群 (special orthogonal group) と呼ばれ,

三次元特殊直交群

と表記する.

無限小の回転行列から有限の大きさの回転行列を構成しよう.三次元の無限小回転O=I_3+T  の形に書くと, T  は反対称行列である: T^T=-T

無限小であることを明示的に O(\epsilon) = I_3 + \epsilon T  とかく.この場合 T  の成分は有限の大きさとする.
(実は O(\epsilon)  全体の集合は \mathrm{SO}(3)  の部分群であり,1パラメータ変換群とよばれる.)

この微小回転によって位置ベクトルは

と変換する.ここで \epsilon\to0  の極限をとると

という微分方程式が得られる. T  は反対称行列なのであるユニタリ行列 U,\,(U^{\dagger}U=I_3)  が存在して U^{\dagger}TU  を対角行列にできる.微分方程式の左から U^{\dagger}  をかけて,

と変形すると \boldsymbol{\rho}=U^{\dagger}\boldsymbol{r}  について容易に解くことができる.ただし \lambda_i  T  の固有値.
両辺を 0  から有限の大きさ \epsilon  まで積分すれば \rho_i(\epsilon) = e^{\epsilon\lambda_i}\rho_i(0)
よって,

指数函数をTaylor展開することにより

これを \boldsymbol{r}(\epsilon)  の表式に戻して,各項で U^{\dagger}U=I_3  を挟み込めば,

そこで行列の指数函数を

で定義すると,

と求まる.

同じ回転変換を続けて行う回転はそれらの回転行列の積でかける: O=\prod_{\epsilon}O_{\epsilon}
指数法則 e^{sX}e^{tX}=e^{(s+t)X}  が成り立つので, T  にとってみれば \sum_{\epsilon}\epsilon T  とかける.
連続極限ではこの和は積分 \int\mathrm{d} \epsilon\,T  であり,無限小の回転角 \mathrm{d}\epsilon  から有限の回転角が生成されている.
今は \epsilon=\int\mathrm{d}\epsilon  をあらわに書いたが, T  を再定義して \epsilon T\to T  と置き換えても良い.
よって任意の回転行列は対応する反対称行列 T  があって

と書ける.

T  には興味深い性質がある.
上の議論より任意の回転行列は O=e^T  とかける.
O^TO=I_3  より T  の成分 \theta_{ij}  は反対称である: \theta_{ji}=-\theta_{ij}

それゆえ \theta_{ij}  のうち独立な成分は3つだけで

とおける.さらに T  を3つの行列の和に分解して

と書くことができる.ここで

とおいた.ここに現れる3つの行列はおもしろい性質を満たしていることに気づく.
S_1S_2  を計算してみると

今度は順序を交換して計算すると,

この2つを引き算すれば,

が成り立っている.
他の成分でも計算してみると次の関係がわかる:

\mathrm{SO}(3) のLie代数

これを満たす S_i  たちを回転の生成子 (generator) といい,上の交換関係を \mathrm{SO}(3)  Lie代数といい S_i  たちが張る空間を

とかく.回転行列の情報は生成子たちも持っている.

交換関係のおかげで回転行列の積も必ず生成子の1次結合で表わすことができる.
すなわち,行列では一般に指数法則が成り立たず e^Xe^Y = \exp[X+Y+(\mathrm{heigher\ terms})]  となるのだが,Lie代数がある場合は e^{\sum_i\theta_iS_i}e^{\sum_j\phi_jS_j} = e^{\sum_k\psi_kS_k}  が成り立つ.
これは元の群(Lie群という)が演算について閉じていることに由来する.
さらに T=\sum_i\theta_iS_i  という分解において反対称行列 T  は任意であり, S_i  たちが一次独立であることも容易に確かめられる.
それゆえに S_i  たちは反対称行列全体がなすベクトル空間の基底である.
Lie群やLie代数については量子力学の章で詳説する.

まとめておくと,任意の3次元回転行列は \mathrm{SO}(3)  の元であり,

とかける.
生成子 S_i  は次を満たす:

回転行列による変換に対して三次元直交座標のLagrangianが不変ということから角運動量保存則は導かれる.
時間の回転対称性は時間が一次元であることから,時間反転対称性のことと同じになる.
時間反転の対称性が連続ではないことは明らかである.
したがってNoetherの定理は適用できず対応する保存量は存在しない.

しかし時間もひとつの座標とみて四次元空間に拡張すると時空間上でたとえば tx  平面での回転を考えることができる.
そうするとこの変換による対称性は連続である.
時空間の回転対称性は特殊相対性理論の章で議論することにする.

Problems

\textsc{Problem1. }

回転行列の生成子 S_1,\,S_2,\,S_3 について,回転行列

がそれぞれ x,\,y,\,z 軸回りの回転行列であることを示せ.

\textsc{Solution. }

ここでは \theta_1S_1  についてだけ示す.後の2つも全く同様の手順で示すことができるので割愛する.

まず S_1  を対角化するユニタリ行列 U  と固有値を求めよう.
固有値方程式 S_1\boldsymbol{x} = \lambda\boldsymbol{x}  とすると, \boldsymbol{x}  が零ベクトルでないためには \mathrm{det}\,(S_1-\lambda I_3)=0  でなければならない.
これから \lambda = 0,\, +i,\,-i  と求まる.
大きさ 1  で規格化しておくと固有値のそれぞれから固有ベクトル \boldsymbol{x}_1,\,\boldsymbol{x}_2,\,\boldsymbol{x}_3  が求まり,

よって S_1  を対角化する行列はこれらを並べた U=(\boldsymbol{x}_1, \boldsymbol{x}_2, \boldsymbol{x}_3)  である.この U  を用いて

と変形する.行列の指数函数の定義を使って展開し, UU^{\dagger}=I_3  であることに注意すれば

U  の具体的な式を代入して行列の積を計算して整理すると

となる.これは x  軸回りの回転角 \theta_1  の回転行列である.

\textsc{Problem2. }

Baker-Campbell-Hausdorffの公式:次の等式が X,Y に関するTaylor展開の1次までで成り立つことを示せ:

ただし X,\,Y N 次元正方行列.

\textsc{Solution. }

以下の計算では行列の席が一般に非可換であることに注意せよ.まず左辺を X,\,Y  の2次まで展開すると

2次の項をつくるために (1/2)YX-(1/2)YX  を加えて

したがって

これは右辺の \exp(X+Y+(1/2)[X,Y]+\cdots)  の1次までの展開に一致する.厳密な証明は量子力学の章に譲る.

\textsc{Problem3. }

任意の回転行列が次の2通りに表されるとする:

このときテンソル表記したときの生成子 (S_{ab})_{ij} を求め交換関係 [S_{ab},\,S_{cd}] を調べよ.ただし a,\,b は生成子のラベルで i,\,j は行列のラベル, \theta_{ab} = -\sum_c\epsilon_{abc}\theta_c とする.

\textsc{Solution. }

\mathrm{SO}(3)  の生成子 (S_a)_{ij}  の成分は -\epsilon_{aij}  に等しいことが確かめられる.回転角に関する式を \theta_a  について解くと \theta_a=-(1/2)\sum_{b,c}\epsilon_{abc}\theta_{bc}  となる.これらから

\theta_{ab}  は任意なので

と求まる.交換関係 [S_{ab},\,S_{cd}]=S_{ab}S_{cd}-S_{cd}S_{ab}  は成分で書くと,

と計算される. \delta_{ac},\,\delta_{ad},\,\delta_{bc},\,\delta_{bd}  で各項をまとめれば,

よって行列表記に戻すと,

が得られる.

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