一般相対性原理と等価原理

ここまで座標をとることに対して何の制約もなく,任意の系でたとえばDescartes座標が取れるというようなことを仮定してきた.
そうしてそれらの座標系で観測される物理法則はすべて同じでなければならなかった.
ただし座標系は慣性系と呼ばれる特殊な座標系であって,異なる慣性系への変換が線型変換で移り合うものだけに限定して議論してきた.

しかしながら本来自然あるいは物理法則はこのような非常に一般の座標系の取り方にも依存しないはずである.
座標系は人間が計算の道具として用いたにすぎない.
自然法則の本質的な部分は最小作用の原理にあるのであって,それを具体的に記述するための座標にはない.

最小作用の原理は物体の運動を決めるものである.
自然に起こる運動は作用積分を最小にする.
上のことを反映するためにはこの作用が一般座標変換 x\mapsto x'  に対して不変でなければならない.
また一般の座標変換は x^{\mu}  のなめらかな函数であるということとJacobianが正則であるという以外には特に条件がない.
Jacobianが正則というのは座標変換に逆変換が存在するための条件である.
このように一般の座標では元の座標が「まっすぐ」であっても移ったあとでは「曲がった」座標,曲線座標となる.
すべての曲線座標から物理法則を観測したとき,それらが同一である,というのが一般相対性原理である.
座標変換のうち特に線型変換に限ったものは特殊相対性理論におけるような相対性原理を指す.

座標が曲がっているときにどのような違いが生じるだろうか.
簡単な三次元空間の例から考察しよう.
地球には高度・経度・緯度の3つの座標 (r,\theta,\varphi)  が入ることを座標の節で紹介した.
これは球面極座標と呼ばれ直交座標とは x=r\cos\theta  などで結ばれるので明らかに曲がった座標である.
地球を r=R  の球とみなし,地上の異なる2点をとってみよう.
その間の距離は直交座標では \mathrm{d} l^2=\mathrm{d} x^2+\mathrm{d} y^2+\mathrm{d} z^2  あるいは球面極座標では \mathrm{d} l^2=\mathrm{d} r^2+r^2\mathrm{d} \theta^2+r^2\sin^2\theta\mathrm{d} \varphi^2  となる.
しかしながらこの距離は非物理的あるいは非実用的である.
この距離は地球内部にもぐって測った直線距離なので実際に地上で観測される距離とは決して一致しない.
必要なのは球面上の距離である.
距離の定義の仕方はたくさんあるが,そのうち最短のものを測地学では大圏航路という.
大圏(great circle)とは地球の中心を通る大円のことで,大圏航路は2点を通る大圏に沿った航路を意味する.
対蹠点を除いて大円は一意なので大圏航路も一意である.
大圏航路が球面上での物理的な距離と言えるだろう.
一般に曲がった座標の入った空間では距離が普通のこれまで用いてきた距離とは異なることがわかる.
より正確には空間の構造(上の例では球面という形)によっては物理的な距離の定義が変わりうるということである.
しかも空間の構造自身は座標を用いて記述できるけれども,座標の取り方に無関係である.

次に時空の例をとってみよう.
時空の距離は特殊相対性理論では \mathrm{d} s^2=-\mathrm{d} t^2+\mathrm{d} \boldsymbol{x}^2  で定義されていた.
しかし時空の構造が変わればやはり距離の定義を変える必要がある.
z  軸周りに角速度 \omega  で回転する回転座標系をとってみれば, t'=t,\,x'=x\cos\omega t- y\sin\omega t,\,y'=x\sin\omega t+y\cos\omega t,\,z'=z  より,

今度は \mathrm{d} t'^2  の係数が -1  ではないだけでなく,非対角成分 \mathrm{d} t'\mathrm{d} x'  などが現れてきている.
このような時空は非定常時空と呼ばれ,時間によって距離の定義が変化する.

こうした例からわかるように一般の座標系では距離の定義が時空の点に依存している.
そこで世界間隔を,

とおくことにする.
テンソル g_{\mu\nu}(x)  計量テンソル (metric tensor) と呼ばれる.
われわれが知りたいのは与えられた時空に対して一般の座標系を一つ選んだときに,どのような計量テンソルが許されるのかということである.
すなわち計量テンソルが満たすべき方程式を求めたいわけである.
そうすればその距離の定義を用いて粒子の作用を書き最小作用の原理を適用すれば,粒子の軌道が求まるというわけである.

計量テンソルを決める方程式を求めるためにもう1つ物理的な考察を加えなければならない.
それはすでに一様重力場の節で述べたことである.
重力場中のNewton運動方程式は,

であるが,どちらも質量 m  にはたらく重力は m  に比例している.
言葉を区別して,運動方程式に現れる方を慣性質量 m_i  ,重力に現れる方を重力質量 m_g  と呼ぶことにしよう.
するとこの両者は偶然にも一致している: m_i=m_g
このことから次のようなことが起こる:たとえば y  軸の負の方向の一様重力場 -m_gg  下で x  軸方向に等加速度 a  で運動する質点の運動は,重力加速度 a\boldsymbol{e}_x-g\boldsymbol{e}_y  の下での自由落下に等しい.
あるいは慣性力 m_i(a\boldsymbol{e}_x-g\boldsymbol{e}_y)  がはたらくような非慣性系での運動と等価である.

m_i=m_g  から導かれる慣性力と重力の等価性という経験則を基本原理に昇格させよう.
この原理は慣性力と重力の等価原理とよばれる.
幾何学的な準備をしたのちに等価原理を数学的な言葉に置き換える.

次節以降では一般相対性原理と等価原理の2つの指導原理の元で物理学を再構築する.
そのような理論を一般相対性理論 (general theory of relativity) という.
一般相対性理論は一般化座標で普遍的に成り立つ物理学の理論としてはじまるわけだが,等価原理によって結果的に重力の理論でもある.
一般相対性理論は重力に関する現象,重力レンズ,赤方偏移,宇宙の膨張,ブラックホール,重力波などを予言し実際の観測によってその正しさが裏付けられてきた.
これらは上に述べたたった2つの原理から出発し導かれるものである.

一方で一般相対性理論の完全さから量子論との整合が現在でもうまくいっていない.
量子重力理論はブラックホールなどのミクロな領域の記述,また相互作用を統一するという観点から重要である.
相互作用の統一理論はEinsteinに始まる.
Einsteinは電磁場と重力場を統一的に扱う理論の構築に一般相対性理論の発表後に没頭したがついに実現しなかった.
現在では電磁場は弱い相互作用と,Weinberg-Salam理論によって場の量子論の枠組みの中で統一されることがわかっている.
他の相互作用に比べて重力は特殊であり場の量子論では統一は不可能とみられ,その先の理論が期待されている.
その最有力候補が超弦理論とよばれる理論である.

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