座標表示

Prerequisite

前章までで量子論の一般論が終わったので,ここからは具体的な物理系に適用していくことにしよう.
特に有用であると思われるのは古典系に対応するような系が存在する場合である.
そのような系では古典論とのアナロジーからさまざまな性質を引き出すことができる.

前章で状態ベクトルの時間発展はSchrödinger方程式で表されることを仮定した.

ここで \hbar=h/2\pi  はDirac定数.
Hamiltonianの具体形は前章の仮定だけから導くことはできない.
この事情は解析力学におけるLagrangianや熱力学のエントロピーと同じである.
ただ考えている量子系に対応する古典系が存在するとき,その系の古典的な(スカラー函数の)Hamiltonianから量子論の(オブザーバブルの)Hamiltonianを類推することができる.
これをHamiltonianの正準量子化 (canonical quantization) という.

簡単のために1次元系を考えよう.
あとで多次元の系に拡張する.
古典論のHamiltonianは粒子の座標と運動量の函数であるから,量子論のHamiltonianも座標と運動量に対応したオブザーバブルの函数 H(\hat{x},\,\hat{p})  とする.
つまり古典変数 x,\,p  をオブザーバブル \hat{x},\,\hat{p}  でおきかえればよい.
次に粒子の座標のオブザーバブル \hat{x}  固有状態をすべてとってきて {|{x}\rangle}  が正規直交完全系となっているような系を考える:

このように正規直交完全系をとってこれるには系を記述するのに必要なオブザーバブルが \hat{x}  だけで可能でなければならない.
すなわち同時固有状態 |{x,p}\rangle  は存在せず \hat{x}  \hat{p}  が非可換である.
そこで [\hat{x},\,\hat{p}]=i\hat{C}  という関係がある( \hat{C}  はHermite演算子)とする.
この \hat{C}  を決定するために2つの自己共役演算子 \hat{A}  \hat{B}  に対して演算子の交換関係と古典論におけるPoisson括弧に次の対応を仮定する:

この仮定にしたがうと座標と運動量の基本Poisson括弧式より

基本Poisson括弧式と正準交換関係

という交換関係が成り立たなければならない.
これを正準交換関係 (CCR; canonical commutation relation) という.
このとき不確定性関係から,

が成り立つ.
以上のことを仮定しておけば実験事実をよく説明することができる.
正準交換関係またはこの不確定性関係は事実として認める.

では議論を進めていこう.
正準交換関係を仮定する場合,座標の固有値 x  は連続である.
これは空間並進変換が連続であることと関係している(詳細はあとの表現論の章で見る).
{|{x}\rangle}  が正規直交完全系であることから

を満たし,任意の時刻の状態ベクトル |{\psi,t}\rangle  はこれらで展開できて,

ここで \psi(t,x)=\langle{x|\psi,t}\rangle  であり, \gamma  x  の取りうる値でたいていは \mathbb{R}  に一致するから以下でも \mathbb{R}  上の積分とする.
時間依存性をまるっきり係数側におしこめて固有ベクトルは時間依存しないようにとっている.
このような状態ベクトルの表現は座標表示,またはSchrödinger表示などと呼ばれる.
状態ベクトルは抽象的であったのが座標表示による表現をすることで,今考えている系の問題が具体的な \psi(t,x)  の微分方程式に帰着される.

このとき運動量演算子 \hat{p}  はどのように表現されるであろうか.
それを調べるために座標に関する微分演算子

を定義する.
\hat{\partial}_x  \hat{x}  の交換子を計算すると,

となる.

註)演算子の等号を示すにはベクトルへの作用を見なければならないことに注意せよ.
すなわち \hat{\partial}_x\hat{x}|{\psi}\rangle=|{\psi}\rangle+x\hat{\partial}_x|{\psi}\rangle  である.

これに -i\hbar  をかけると正準交換関係と同じになり,微分演算子 -i\hbar\hat{\partial}_x  \hat{p}  の差をとったものは \hat{x}  と可換になる:

今考えている系では \hat{x}  と可換なものは \hat{x}  の函数 f(\hat{x})  だけなので,

とおける.
運動量がこのように微分演算子プラス座標の函数という形に書かれることは,量子論においては微分演算子が変換するゲージ変換が存在することを示唆している.
詳細は古典電磁場の量子力学の章で議論する.
しばらくは \hat{p}=-i\hbar\hat{\partial}_x  として進める.

典型的な古典粒子のHamiltonianは, H=p^2/2m+V(x)  であったから正準量子化によって,

が得られる.
Schrödinger方程式へ代入すれば,

が成り立つ.
座標表示で展開して展開係数に関しての二階線型微分方程式,

Schrödingerの波動方程式

が得られる.
これは波動方程式と似た形をしているのでSchrödingerの波動方程式という.
それに伴って展開係数 \psi(t,x)  波動函数 (wave function) という.
この方程式の性質や解の詳細については後の章でみることにする.

運動量演算子の形がわかったので座標と運動量の任意の函数 f(\hat{x},\hat{p})  やとりわけエネルギー H(\hat{x},\hat{p})  の期待値が計算できる.
Bornの確率規則より,

f  |{x}\rangle  に作用して, \hat{x}  x  に, \hat{p}  -i\hbar\partial_x  に置き換わる.
注意しなければならないのは微分演算子そのものは |{x}\rangle  ではなく展開係数 \psi(t,x)  にかかることである.
そのために波動函数の片方はさまざまな導函数になっている.
Hamiltonianの期待値は,

となる.

Problems

\textsc{Problem1.}

運動量演算子の座標表示 \hat{p}=-i\hbar\hat{\partial}_x が自己共役演算子であることを示せ: \hat{p}^{\dagger}=\hat{p}

\textsc{Solution.}

任意の状態ベクトル |{\psi_1}\rangle,\,|{\psi_2}\rangle  をとって

と展開できる.
部分積分により

と変形できる.
状態ベクトルの内積が有限の値をもって定義されるためには無限遠で \psi_i(t,x)\to0  でなければならないから,表面項はおとすことができる.
他方で

であるので \hat{p}=\hat{p}^{\dagger}  が導かれる.

\textsc{Problem2.}

運動量演算子の座標表示 \hat{p}=-i\hbar\hat{\partial}_x における行列要素を求めよ.
また運動量演算子を座標表示で展開せよ.

\textsc{Solution.}

行列要素の定義から正規直交基底ではさんで

2行目へは正規直交関係を用いた.
この行列要素を用いて運動量演算子は次のように展開できる:

この展開式を用いると運動量演算子の状態ベクトルへの作用は

3行目へは x'  についての部分積分を用いた.

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