行列

この節では線型な方程式を扱うために行列という量を導入する.
次のように縦方向に M  列と横方向に N  列のマス目状に数値を配列したものを
M\times N  行列 (matrix) という:

この例ではそれぞれ 2\times3  3\times3  の行列である.
M=N  の行列は特に N  次の正方行列という.
また N\times1  の行列は N  次元の列ベクトルに一致する.
他方で 1\times N  の行列は N  次元の行ベクトルと呼ばれる.
表記の都合上列ベクトルはカンマあり \boldsymbol{a}=(a_1,\,a_2,\,\cdots,a_N)  で表し,行ベクトルはカンマなし (a_1\,a_2\,\cdots\,a_N)  と表す.

行列は大抵は大文字のアルファベットで A,\,B  などと表記される.
行列の i  行目 j  列の要素を a_{ij}  のように添字を並べて表記する.
たとえば M\times N  行列は一般に

のように書ける.
成分がこのように並んでいることを1行で書きたい場合は A=(a_{ij})  と書く.
また i  j  列目の要素 a_{ij}  A  (i,j)  成分という.

行列の和とスカラー倍はベクトルと同じように定義され2つの M\times N  行列 A=(a_{ij}),\,B=(b_{ij})  に対して

と定義する.

行列の積

行列の積は少し特殊である.
M\times N  行列 A=(a_{ij})  N\times L  行列 B=(b_{ij})  に対して積を

行列の積

で定義する.
AB  M\times L  の行列になっている.
積が定義できるためには左の行列の列と右の行列の行が一致していなければならない.
積は次の演算規則を満たす:

N  次元の行ベクトル A=(a_{1i})  と列ベクトル B=(b_{i1})  の積は

となる.つまり AB  はベクトルの内積であり, BA  ダイアドとよばれるベクトルから行列を作る演算である.
ダイアドは2つのベクトル \boldsymbol{a},\,\boldsymbol{b}  に対して \boldsymbol{a}\otimes\boldsymbol{b}  と書いて (i,j)  成分が a_ib_j  であるような行列を返す演算として定義される.

M\times N  行列 A  に対して行と列を入れ替えた行列を転置行列 (transpose) といい A^{\mathrm{T}}  とかく.
成分では

転置行列

A  (i,j)  成分を a_{ij}  とすると A^{\mathrm{T}}  (i,j)  成分は a_{ji}  である.
明らかに (A^{\mathrm{T}})^{\mathrm{T}}=A  である.

列ベクトルの転置を取ると行ベクトルになる.
ゆえにベクトルの内積は \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}=\boldsymbol{a}^{\mathrm{T}}\boldsymbol{b}  ,ダイアドは \boldsymbol{a}\otimes\boldsymbol{b}=\boldsymbol{a}\boldsymbol{b}^{\mathrm{T}}  とかける.
左辺はベクトルの内積で右辺は行列の積として解釈する.
これまで位置ベクトルなどで登場したベクトルは列ベクトルであり,行ベクトルはその転置として理解する.

ここからは行列は全て正方行列とする.
物理学において正方行列でない行列が重要な意味を持つことは少ない.
次元が同じ正方行列どうしならいつでも積が定義できる.
ただし一般に非可換であり AB=BA  とは限らない.

全ての成分が 0  である行列

零行列

零行列という.
零行列は数字の 0  と同じように A+\mathbb{O}=A  A\mathbb{O}=\mathbb{O}A=\mathbb{O}  が成り立つ.

正方行列の対角線上の成分 a_{11},\,\cdots,\,a_{NN}  を対角成分といい,それ以外は非対角成分という.
対角成分がすべて 1  で非対角成分が 0  の行列

単位行列

単位行列 (identity matrix) という.
単位行列は数字の 1  と同じように AI_N=I_NA=A  が成り立つ.

行列 A  について AX=I_N  かつ XA=I_N  となるような行列 X  が存在するとき A  正則行列 (regular matrix) という.
また X  A  逆行列 (inverse matrix) といい X=A^{-1}  と表記する.
明らかに逆行列 A^{-1}  の逆行列は (A^{-1})^{-1}=A  である.
2つの行列 A,\,B  が正則ならば積 AB  も正則である.
実際 X=B^{-1}A^{-1}  に対して XAB=I_N  かつ ABX=I_N  となり (AB)^{-1}=B^{-1}A^{-1}  がわかる.

行列の計算において重要な役割をする正則行列を紹介する.
1つ目は行列 (i,j)  成分( i\neq j  )が c\,(\neq0)  で他は単位行列と同じ行列,

この行列を任意の行列 A  の左からかけると P(i,j;c)A  A  j  行目を c  倍して i  行目に加えたものになる.
右からかけた場合は i  列目を c  倍して j  列目に加えたものになる.
逆行列は A  j  行目を -c  倍して i  行目に加える行列 P^{-1}(i,j;c)=P(i,j;-c)  である.

2つ目は行列の (i,j)  成分( i\neq j  )と (j,i)  成分が 1  (i,i)  成分と (j,j)  成分は 0  で他は単位行列と同じ行列

この行列を任意の行列 A  の左からかけると Q(i,j)A  A  i  行目と j  行目を入れ替えたものになる.
右からかけた場合は i  列目と j  列目を入れ替えたものになる.
もう一度入れ替えると元に戻るので逆行列は自分自身であり Q^{-1}(i,j)=Q(i,j)

3つ目は (i,i)  成分が c\,(\neq0)  で他は単位行列と同じ行列

この行列を任意の行列 A  の左からかけると R(i;c)A  A  i  行目を c  倍したものになる.
右からかけた場合は i  列目を c  倍したものになる.
逆行列は i  行目を 1/c  倍する行列 R^{-1}(i;c)=R(i;1/c)  である.

3つの行列 P(i,j;c),\,Q(i,j),\,R(i;c)  基本行列といい,基本行列による行列の変換を基本変形という.
行列 A  に対して左から基本変形を繰り返して単位行列 PA=I_N  となったとしよう.
ここで P  は基本行列の積であり,それゆえ正則.
このとき

となり AP=I_N  も満たされる.
したがって A  は正則であり逆行列は A^{-1}=P  である.
すべての行列に逆行列が存在するわけではない.

Problems

\textsc{Problem1.}

次の行列の積を計算せよ

\textsc{Solution.}

三角函数の加法定理により

\textsc{Problem2.}

N 次正方行列 A,\,B に対して

を示せ.

\textsc{Solution.}

(AB)^{\mathrm{T}}  (i,j)  成分を c_{ij}  とすると,

ここで b_{ki}  B^{\mathrm{T}}  (i,k)  成分であり, a_{jk}  A^{\mathrm{T}}  (k,j)  成分である.
したがって (AB)^{\mathrm{T}} = B^{\mathrm{T}}A^{\mathrm{T}}  が示された.

\textsc{Problem3.}

次の 3 次の正方行列に対して基本変形を施すことで逆行列を求めよ:

\textsc{Solution.}

一般に逆行列を行基本変形で求めるときは次のようにすると便利である:
PA=I_N  となる P  を求めるために N\times2N  行列 (A\,|I_N)  を考えこれに左から基本行列をかけて (I_N\,P)  と変形することを目指せば良い.

まず 1  行目の 1/2  倍を 2  行目に加える,

2  行目の 2/3  倍を 3  行目に加える,

1  行目を 1/2  倍, 2  行目を 2/3  倍, 3  行目を 3/4  倍する,

3  行目の 2/3  倍を 2  行目に加える,

2  行目の 1/2  倍を 1  行目に加える,

よって

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