Prerequisite
前節では相という概念を導入した.
ここではその相が複数共存するような熱平衡状態を議論する.
まず二相が共存する場合,各相は分離していて均一な2つの部分系とみなせるとする.
これまで部分系は断熱壁や可動壁で分離されていたが,相の間に壁を考える必要はなく自発的に分離している.
相間の境界は界面 (interface) とよばれ,ここでは界面は2つの相を明確に分けるとする.
つまり界面のゆらぎに比べて系のサイズは十分大きいと仮定する.
二相が共存する系としては密閉容器中で液体と気体の共存する系などがわかりやすいだろう.
2つの部分系が熱平衡状態にあるための条件は全ての示強変数が等しいこと,
である.
一方でGibbs–Duhemの関係式
によって温度,圧力,化学ポテンシャルは全くの独立ではない.
したがってたとえば化学ポテンシャルについて解いて と表せる.
それゆえ温度と圧力が与えられると自動的に化学ポテンシャルも決まり,これを勝手に与えることはできない.
このことから温度と圧力を に制御した系では
が成り立つ.
これが二相が共存するための条件である.
二相共存の条件は温度と圧力の関係 (または )の形に書き換えることができる.
この曲線を二相共存曲線という.
二相共存における示量変数についてみていこう.
系の体積,粒子数を とする.
相1から二相共存曲線 へ近づけることを考える.
このとき系は曲線に達する直前まで相1のみの単一の系であり,その状態方程式で支配されている.
そこで片側極限として
を定義する.
は相1の側から近づけることを意味する. これは二相共存の直前における相1の体積である. たとえば水から水蒸気へ 気圧のもとで温度を上昇させて転移させる場合を考える. すると水はちょうど の沸点に達した時点ではじめて水蒸気と共存するようになる. この直前の水だけのときの体積が である.
反対に相2から共存曲線へ近づけたときの体積を
で定義する.
一般に相転移の前後の体積は一致せず不連続である.
全粒子数を固定するとそれぞれの相における密度は
とかける.
密度は温度と圧力の函数だから二相共存においても同じ値である.
したがって二相が共存しているときのそれぞれの体積を ,粒子数を とすると,
が成立する.
これらから
全粒子数の内の相1の割合を とおけば
と書き変わる.
あるいは との差をとって整理すれば
これは二相共存のときの系の体積に対して,直前と直後の系の体積を端点とする線分における内分比の逆が二相の粒子数比に等しくなることを意味している.
これを相平衡におけるてこの規則 (lever rule) という.
てこの規則は気相と液相のような体積が不連続に変化する相転移において有効である.
二相共存の議論を三相以上の場合に拡張しよう.
3つ以上の相が共存する場合でもそれらは界面によって明確に分離していて部分系とみなせると仮定する.
そして全ての相の示強変数が一致することを要求する.
いま物質が1種類の1成分系を暗に仮定していて,この場合 の3変数で熱力学的状態は完全に記述される.
そして相平衡の条件によって と が課される.
化学ポテンシャルはこの温度と圧力の函数として が満たされなければならない.
3変数の空間において は1つの曲面を定めている.
それゆえ という条件は2つの曲面の交線を求めることに等しい.
交線は という形に求められてこれは二相共存曲線である.
このように求めた場合には温度 だけが自由に動かせるパラメータとして残っていて によって残りは定まる.
さらに3つの相の熱平衡の条件
では3つの曲面の交わる交点 を求めることに等しい(相1と相2の共存曲線と相3の交点と考えるとわかりやすい).
この交点は三重点と呼ばれる.
したがって三重点では自由に動かせるパラメータは残っていない.
以上のような幾何学的な考察から4つ目の相があると仮定すると条件が過剰になってしまい相平衡は実現できない.
つまり1成分系で記述する熱力学変数が3つの場合,同時に共存できる相は3つまでである.
もし系を記述する示強変数が 以外にある場合は共存できる相の数は増える.
たとえば 種類の物質がある場合はそれぞれの化学ポテンシャル があり,示強変数は温度と圧力を加えて全部で 個.
この場合に共存できる相の数 は
を満たさなければならない.
そして残りのパラメータの個数(次元)
Gibbsの相則
を熱力学的自由度といい,この関係をGibbsの相則 (Gibbs’ phase rule) という.
1成分の場合,共存できる相の数は で熱力学的自由度はそれぞれ となる.
したがって系は2次元平面の相図で記述可能である.
多成分の場合は次の節で扱う.
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