固体論

ここまで気体の性質について述べてきた.
van der Waals理論の節で述べたように液体と気体に本質的な違いはなく,二相は密度の違いのみである.
臨界点を超えた領域を介して液体と気体は連続している.
したがって液体論は気体の密度が高い領域として理解できるので,希薄でなく相互作用が熱エネルギーよりも優勢な気体の理論として議論できる.

気体,液体と固体 (solid) は本質的に異なってくる.
固体中では分子が勝手に運動することができず内部ポテンシャルに束縛されている.
固体はまず大きく結晶 (crystal) と非晶質 (amorphous) とに分類できる.

結晶とは原子や分子が規則正しく配列している物質のことである.
規則正しくとはある種の対称性を持つということである.
それゆえ結晶はさらに対称性の種類によってさらに分類することが可能である.
それには群論を用いた議論が有効であり結晶の対称性を点群 (point group) とよばれる群の議論に還元できる.

結晶の例としては金属結晶やイオン結晶(塩),氷,ダイヤモンド,石英などがある.
これらはさらに結合の種類によっても分類される.
金属結合,イオン結合,水素結合,共有結合など固体を形作るための束縛の起源は様々である.
こうした結晶の分類に関しては量子論を導入後に固体物理学の章で詳しく扱うことにする.

一方で非晶質はアモルファスとも呼ばれ,対称性を持たずランダムな配置をとる固体である.
ランダムな配置とは液体や気体と同じような分子配置がそのまま凍結したような状態を指す.
アモルファスの例としてはガラス,堆積岩,金属ガラス,飴などがある.
アモルファスに関してはまだ簡単なモデルしか存在せず,まだまだ未解明な部分が多い.
アモルファスの詳細については非平衡統計力学の章で議論することにする.

では結晶の比熱について統計力学の手法を用いて簡単に議論しよう.
結晶中で構成分子は規則正しい配置で束縛されている.
この束縛ポテンシャルとして調和振動子 m\omega^2(\boldsymbol{r}-\overline{\boldsymbol{r}})^2/2  を考えよう.
m  は束縛分子の質量, \overline{\boldsymbol{r}}  は平衡点の座標, \omega  は結晶中のポテンシャルを特徴づけるパラメータである.
このとき系のHamiltonianは

とかける.
つまり実際には複雑に相互作用するはずの各分子は独立に振動していると近似する.
分配函数

Gauss積分により直ちに計算できて,

自由エネルギー

内部エネルギーは

であり,よって比熱は

となる.
よって今のモデルでは比熱は温度に依存しない.
これをDulong–Petitの法則という.
実際常温付近での固体の比熱はDulong–Petitの法則が正しい.
しかし低温側でこの法則が破れることが実験的に知られている; 低温になると比熱は温度とともに減少する.

Dulong–Petitの法則(点線)と典型的な実験値(青線)

この破れは結晶中の分子どうしの相互作用からくる効果ももちろんあるが,量子効果が無視できなくなるという問題も寄与している.
つまり独立した調和振動子のモデルを量子論的に扱うことで低温側でもより正確な記述が可能になる.
最初にそのようなモデルを提案したのはEinsteinである.
詳細は量子統計力学の章で述べることにする.

結晶の特徴はこの結晶格子まわりの振動の協調現象が現れてくる.
N  個の質点がバネで繋がれた系の力学の問題で見たように各質点は平衡点周りに振動するが,それらは基準振動モードに分解できた.
結晶中でも同様に振動の基準モードに分解できる.
また連続極限をとればこの振動を量子論的な素粒子の集団運動として解釈することができる.
このような振動の素粒子を,素粒子の命名慣習にしたがってフォノン (phonon) という.
構成分子どうしの相互作用からの寄与まで含めた議論は固体物理学の章で扱う.

誘電体に外部電場を印加すると分極場が生じる.
分極の向きは結晶の対称性によって異方的になりうる.
つまり電場の向きによって誘起される分極の大きさが変化する.
このために結晶中の電束密度は誘電率テンソルを用いて

のように書かれる.
このとき誘電体のエネルギーは \int\mathrm{d}^3\boldsymbol{x}\,\sum_{i,k}\varepsilon_{ik}E_iE_k  ,分極は \boldsymbol{P}=\boldsymbol{D}-\varepsilon_0\boldsymbol{E}  で計算される.

誘電率テンソル \varepsilon_{ik}  の3つの固有値は一般に異なっている.
全て異なっているような結晶は二軸結晶 (biaxial) といい,3つのうち2つが等しいときは単軸結晶 (uniaxial) という.
そして全て等しいときは立方晶 (cubic) といい, \boldsymbol{D}=\varepsilon\boldsymbol{E}  となるので等方的な物質と等価である.

金属結晶中には自由電子が存在し外部電場によって電流を生じることができる(導体).
一般の導体中の電流と外部電場の間には異方的な結晶中のOhmの法則

が成り立つ.
\sigma_{ik}  は電気伝導率テンソルである.
誘電率テンソルのときと同様に電気伝導率テンソルの固有値によって結晶を二軸,単軸,立方に分類できる.

結晶の磁性については次の節以降で議論する.

最後に固体の弾性について簡単に触れる.
力学の剛体の理論において大きさのある物体を考えた.
剛体は変形しない理想的な対象であるが,現実の固体は外力によって変形する.
固体の変形を扱うには連続体の物理学が必要となる.
気体や液体の流れが流体力学によって記述されるように,固体の変形に関しては弾性理論によって記述される.

また上述の電気的な異方性があるとき,外部からの変形によって結晶内に分極が生じることがある.
このような物質を圧電性 (piezoelectric) という.
圧電性を持つ物質はたとえばライターなどの点火装置に使われる.

固体論の概略をここまで述べた.
固体の特性は物理学の多岐な分野にまたがっている.
さらに固相と液相の相平衡相転移に加え,異なる結晶構造間の相転移,導体,誘電体の間の相転移,超伝導など最先端の研究分野につながっていく.

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