剛体の運動方程式

ここまで質点または質点とみなせるようなものの運動のみ考察してきた.この章では大きさと形をもった一般の物体の運動について考察していくことにしよう.
ただこの章では大きさは持つが変形はしないと仮定しておく.
変形しない物体のことを剛体 (rigid body) という.
剛体の運動は質点とどのように違うのであろうか.
もっとも大きな違いは回転の自由度が増えることである.
質点にはそれ自体の回転(自転)の効果は大きさがないので存在しない.

註)もちろん公転運動は質点でも意味があることは前章でみてきた.

剛体では回転によって生じる,質点には見られない現象が現れる.

剛体は質点がたくさん集まったものと考えることができる.
これは原子のようなものを思い浮かべればよい.
剛体の定義より,剛体内の質点どうしは常に一定の距離を保って結合しており,その結合の向きや全体の構造を変えたりしない.
自由な質点の場合は1つあたり空間次元と同じだけ自由度を持っていた(現実世界では 3  ).
剛体内の質点たちは結合の様子を変えないことから自由度は著しく落ちる.
ある剛体内の質点に注目してみれば,まずその質点の位置を定めるのに自由度が3つある.
2つ目の質点までの距離は決まっているが結合の向きは定めなければならないから自由度は2つある.
では3つ目(ただし1つ目と2つ目の同一直線上にないもの)に注目すると,1つ目と2つ目の質点からそれぞれ一定距離にあるから,ある円上のどこかに3つ目が存在しなければならないことになる.
円周上の自由度は1つである.
剛体内の残りの質点は3つの質点からの距離がすでに定まっていることから自動的に決まってしまう.
以上から剛体全体の自由度はたった 6  であることが導かれる.

今剛体は回転していないとしよう.
すると剛体内の1つの質点の運動に注目すると他のすべての質点はこれに並行して運動する.
そこで注目する質点を剛体の重心にある質点としよう.
すると無回転の剛体の運動は重心の運動によって預言することができる.
つまり無回転な剛体の運動(並進運動)の自由度は 3  である.
したがって剛体の回転の自由度は残りの 3  であるといえる.

剛体の重心座標系

剛体を質点の集合といったが原子がなす結晶のように離散的な集合ではなく,連続的に質量が分布しているとみなす.
剛体内の任意の点で質量を定義するということは,密度分布 \rho(\boldsymbol{r})  を与えることと同じである.
密度分布を剛体の全体積で積分すれば剛体の質量 M  に等しくなる:

剛体の重心座標は,

単なる質点の集合のときには全質量や重心座標は上のような積分ではなく和で書かれていたことがここでの違いである.
そして各質点のしたがう運動方程式ははたらく力を \boldsymbol{f}(\boldsymbol{r})  とすれば \rho(\boldsymbol{r})\ddot{\boldsymbol{r}}=\boldsymbol{f}(\boldsymbol{r})  である.
これを剛体全体で和をとれば,

剛体は変形しないという仮定から,密度は剛体内の質点の軌道に沿って一定でなければならないので \mathrm{d} \rho(\boldsymbol{r})/\mathrm{d} t=0  ということを用いた.


註)時間微分は次で定義されている:

ここで \boldsymbol{r}'=\boldsymbol{r}(t+\delta t)  は微小時間後の剛体の質点の座標で V'  は微小時間後の剛体にわたる積分範囲.
\rho'(\boldsymbol{r}')  は微小時間後の剛体の密度分布で剛体が移動することから元の函数とは別のものとして扱う.
しかしながら剛体が変形しないということから剛体内の同じ点における密度は不変である: \rho'(\boldsymbol{r}')=\rho(\boldsymbol{r})
そして第1項において変数変換 \boldsymbol{r}'=\boldsymbol{r}+\dot{\boldsymbol{r}}\delta t  を行って \boldsymbol{r}  に関する積分に変換する.
微少量の一次までで積分範囲は V'  から V  に戻りJacobianは 1  である.
よって

を得る.
剛体では自明に \boldsymbol{\nabla}\cdot\dot{\boldsymbol{r}}=0  も成り立っている.
この式は流体力学における非圧縮性条件であり,流体の密度が流れに沿って不変であるための条件である.
Jacobianが 1  に等しいことは非圧縮性に起因する.


したがって剛体のしたがう運動方程式は重心座標だけの運動方程式,

となる.
ただし \boldsymbol{F}  は剛体に働く力の総和である.
この方程式と初期条件によって剛体の並進運動は完全に決定する.

次に問題となるのは残りの自由度に関する剛体の運動を記述することである.
剛体は形をもっているためにその向きを予言することも必要である.
そこで静止系とは別に剛体に張り付いた座標系を設定する.
この座標系は剛体の回転と一緒にクルクルと回転するため,一般に慣性系ではなく非慣性系である.

いま剛体の重心に非慣性系の原点 O'  をとろう.
そして静止系の位置ベクトル \boldsymbol{r}  \boldsymbol{r}=\boldsymbol{r}'+\boldsymbol{r}_G  の関係で結ばれるとする.
非慣性系から見た任意の質点の運動方程式から,剛体の重心座標を原点とする剛体と一緒に回転する系から見た運動方程式

が得られる.
この運動方程式は非慣性系から見た任意の質点に関するものだから,剛体内の全て点においてこの運動方程式が満たされなければならない.
ただし剛体内の任意の点は定義からそれらの間の距離や角度を保たなければならない.
それゆえこの非慣性系から見ると剛体内の全ての点は静止しているように見え, \boldsymbol{v}'=0  でなければならない.

次に剛体の全運動エネルギーを計算しよう.
剛体は並進のエネルギーに加えて回転のエネルギーが加わる.
静止系から見るとそれは各点の運動エネルギーの総和で,

と与えられる. \dot{\boldsymbol{r}}=\dot{\boldsymbol{r}}'+\dot{\boldsymbol{r}}_G  \boldsymbol{v}'=0  より \dot{\boldsymbol{r}}=\dot{\boldsymbol{r}}_G+\boldsymbol{\omega}\times\boldsymbol{r}'  .この変数変換によって,

となる.
2乗を計算すると \dot{\boldsymbol{r}}_G^2+2\dot{\boldsymbol{r}}_G\cdot(\boldsymbol{\omega}\times\boldsymbol{r}')+(\boldsymbol{\omega}\times\boldsymbol{r}')^2  となる.
第3項は (\boldsymbol{\omega}\times\boldsymbol{r}')^2=\omega^2\boldsymbol{r}'^2-(\boldsymbol{\omega}\cdot\boldsymbol{r}')^2  である.
第2項は \boldsymbol{r}'\cdot(\dot{\boldsymbol{r}}_G\times\boldsymbol{\omega})  と書き換えられ,後ろの外積は積分の外に出せる.
第2項の \rho(\boldsymbol{r}'+\boldsymbol{r}_G)\boldsymbol{r}'  の積分は重心の定義から 0  になることがわかる.
こうして全運動エネルギーは,

となる.
第1項は重心の並進運動のエネルギーであり,第2項が剛体の重心回りの回転運動のエネルギーを表すことになる.
回転運動のエネルギー T_r  と記すことにするとこれは,

回転の運動エネルギー

と書くことができる.
ここで I_{ik}  は,

慣性モーメントテンソル

と定義される量で慣性モーメントテンソルという.
慣性モーメントテンソルは剛体の形状や質量分布に依存する.
後述するが剛体上の非慣性系 \boldsymbol{e}_i'  をうまくとればこのテンソルを対角形にできて T_r=\sum{i}\omega_i^2I_{ii}  とできる.
このときの座標軸を慣性主軸という.
I_{ii}  は主軸 i  回りの回転に関する慣性モーメントといえる.
つまり剛体が i  軸回りにだけ回転しているときには回転のエネルギーは \omega_i^2I_{ii}  である.

次に剛体の全運動量と全角運動量を求めてみよう.
全運動量は,

第2項は積分すると消えるので \boldsymbol{P}=M\dot{\boldsymbol{r}}_G=\boldsymbol{P}_G  となる.
つまり剛体の全運動量は並進運動に関する運動量のみである.
このことは剛体の重心の並進運動を回転に関係なく議論できることを保証している.

全角運動量は,

ここまでの計算と同様にして進めると,

となる.
ただし \boldsymbol{L}_G=M\boldsymbol{r}_G\times\dot{\boldsymbol{r}}_G  は重心運動に関する角運動量, I=(I_{ik})  であり行列のように扱っている.
こうして全角運動量は剛体重心の公転運動に関する部分と,重心回りの自転に関する部分とに分離することができた.
では全角運動量の時間微分をとってみよう.
すると慣性モーメントテンソルは時間によらないから,

一方角運動量の定義と各点の運動方程式 \rho(\boldsymbol{r})\ddot{\boldsymbol{r}}=\boldsymbol{f}(\boldsymbol{r})  から,

ここで現れる剛体の単位体積あたりにはたらく力 \boldsymbol{f}  の総和が重心座標の運動方程式の合力 \boldsymbol{F}  である.
ここで新たな量

力のモーメント

を定義しよう.
これは剛体に働く力のモーメントあるいはトルクという.
そしてこの力のモーメントを用いて方程式,

が得られる.
いま慣性主軸を基本ベクトルに選び,さらに重心の角運動量が保存しているとすると方程式は簡単になって, I\dot{\boldsymbol{\omega}}=\boldsymbol{N}  となる.
これが必要だった剛体の回転を記述する運動方程式である.
実際この方程式には剛体の形状に依存した慣性モーメントテンソル,回転軸の向きや回転の速さに関する角加速度ベクトル,そしてその回転運動を生じさせる力のモーメントが関与している.
力のモーメントは単なる力の情報だけでなくその力が剛体のどのあたりにどういう向きに回転を生じさせるかという情報ももっているのである.

以上で剛体の運動を記述する6つの方程式が得られた.
それらをもう一度書き下しておくと,

剛体の運動方程式

こうしてみると質量 M  と慣性モーメント I  ,重心の加速度 \ddot{\boldsymbol{r}}_G  と角加速度 \dot{\boldsymbol{\omega}}  ,そして力 \boldsymbol{F}  と力のモーメント \boldsymbol{N}  が対応していることがわかる.

まだわれわれには静止系と剛体に張り付いた座標系の基本ベクトルの組みの間の関係を見出す問題が残っている.
この問題は節を新たにして議論することにしよう.

剛体の運動方程式” への2件のフィードバック

  1. すみません。慣性系の剛体の運動方程式の導出で、微小質点の運動方程式を積分して、全体の運動方程式を出すところで、疑問があります。
    二階微分を積分の外に出してますが、密度ρ(r)は時間微分の影響を受けないのでしょうか? rが重心からの相対位置ベクトルなら、剛体の場合、定数でなんとなく分かるのですが、rは慣性系の位置ベクトルなので、時間変化するような気がしました。

    いいね: 1人

    1. 指摘ありがとうございます,たしかに説明が不十分なので補足しておきました
      ただここでの議論をきちんと理解するにはベクトル解析や流体とか場の理論の知識が必要なのと,剛体の力学を議論する上で本質的ではないので読み飛ばして問題ありません
      質点の集団のような離散的な系から連続的な系への移行手続きは電磁気学の章で詳しく扱っています.

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