慣性モーメントの計算

慣性モーメントの簡単な計算例をいくつか見ていこう.
ここでの計算は慣性モーメント以外にも電磁場や重力場,流体力学などの計算においても有用である.
慣性モーメントの定義は,

慣性モーメントテンソル

ただし簡単のために密度 \rho  は剛体にわたって一様とした.
見やすくするために行列の成分のように書けば,

[球]

最も簡単な場合は球である.半径は R  ,全質量 M  としておこう.すると密度は \rho=3M/(4\pi R^3)  となる.もちろん重心は球の中心である.球対称性から慣性主軸は原点が球の中心にある,ふつうの直交座標をとればよい.その上で球面極座標に変数変換すると,

まず r  積分が簡単に実行できて, \int\mathrm{d} r\,r^4=R^5/5  となる.
次に \varphi  積分に注目しよう.
まず \sin\varphi  0  から 2\pi  において奇函数なので積分すると 0  になる.
次に \cos\varphi  は偶函数だが周期性でやはり落ちる.
そして \sin\varphi\cos\varphi  もやはり周期性でおちる.
以上によって非対角成分はすべて落ちることがわかる.
残る対角成分の \varphi  積分は \sin^2\varphi  \cos^2\varphi  であるがこれはどちらも \pi  を与えることがわかる.
ここまでで,

最後に \theta  積分であるが,これらは容易に計算できて対角成分がすべて同じ値になり,

となる.
I_3  3\times3  の単位行列である.
慣性モーメントの対角成分(主値)がすべて等しくなることはどの軸の回りの回転も同等であることを示している.
それは球対称性からも明らかである.

[球面]

次に中身の空洞な球,すなわち球面の場合に慣性モーメントを計算してみよう.
このとき半径 R  のところにだけ質量が集まっているので密度は厳密には面密度というものであり,
\sigma=M/(4\pi R^2)  となる.
積分するときには r  積分は不要であり r=R  とすればよい.
あるいは r  積分を 0  から \infty  に拡張してデルタ函数 \delta(r-R)  を挟めばよい.
またあるいは密度を \rho = \sigma\delta(r-R)  と思っても良い.
角度の積分は全く同じだから,

球と同じく球対称性よりどの軸回りの回転も同等である.
ただ同じ質量の球よりも慣性モーメントの大きさは大きい.

[円柱]

底面の半径 R  ,高さが l  で全質量 M  の円柱を考えよう.
密度は M/(\pi R^2l)
円柱の重心は高さ l/2  の円の中心にある.
そこで円柱の底面に垂直な方向を z  軸とし,底面のある平面に平行に x  軸と y  軸を直交するようにとる.
その上で円筒座標に変数変換すると,

三角函数の周期性から非対角成分はすべておちる.
\theta  積分を実行してしまうと,

あとは簡単な積分計算により,

と求まる.
円柱の対称性より x  軸回りと y  軸回りの回転は同等である.
その回転は高さと半径の比に依存している.
z  軸周りの回転は円柱の高さによらない.

円筒(中が空洞な円柱)の慣性モーメントを求めるには r  積分にデルタ函数 \delta(r-R)  をはさめばよい.

[円板]

半径 R  の円板を考えよう.
円板は高さが 0  の円柱と捉えることができる.
密度は面密度となって \sigma=M/(\pi R^2)  である.
また z  積分にはデルタ函数 \delta(z)  を挟めば良い(密度 \rho=\sigma\delta(z)  ).
こうしたことから慣性モーメントテンソルは,

この式は単に円柱の慣性モーメントにおいて l=0  としたものに一致している.

[円環]

円環,すなわち中の空洞な円板を考えよう.
球から球面へ移ったときの論法と同様にして,円板の慣性モーメントの r  積分に \delta(r-R)  を挟む.
密度は線密度となり \sigma=M/(2\pi R)  である.
したがって,

[楕円体]

球が少し変形した楕円体の慣性モーメントを計算しよう.
楕円体の式は,

である.
重心は原点であり体積が,

より密度は \rho=3M/(4\pi abc)  である.
ここで楕円体の式で x  a/R  倍, y  b/R  倍, z  c/R  倍したものは半径 R  の球に等しいことに注目しよう.
体積もこの変換をすると球の体積に一致する.
したがって慣性モーメントの積分計算においてもこの変数変換を行えば,新しい座標には球面極座標を導入できる.
まとめて x=ar\sin\theta\cos\varphi/R  などの変換を行えば,

球のときと同じ議論で非対角成分はすべて 0  になる.
また r  積分が実行できて R^5/5  である.
あとは対角成分の積分の角度積分が残るがこれらは容易に実行できて,

球の慣性モーメントと比較すると 2R^2  がそれぞれの軸での径の2乗和に置き換わっていることがわかる.
もちろん a=b=c  のときには球の慣性モーメントに一致する.

[直方体]

2a  ,横 2b  ,高さ 2c  の直方体を考えよう.
重心は対角線の交わる点でここを原点にとる.
xyz  軸は各辺に平行になるようにとる.
密度は \rho=M/(8abc)  慣性モーメントは,

非対角成分は奇函数なので 0  に等しい.
対角成分は偶函数なので残って,簡単な計算ののち,

となる.
これは楕円体の場合と比べると 5/3  倍になっている.
つまり直方体の方が回転させるのに大きなトルクが必要ということになる.

a=b=c  のときには立方体になって慣性モーメントは,

となる.

[長方形]

2a  ,横 2b  の長方形を考えよう.
厚さは 0  なので密度は面密度に変えて \sigma=M/(4ab)  とする.
やはり重心は対角線の交点でここを原点にとる.
直方体の慣性モーメントの式で z  軸方向にはデルタ函数 \delta(z)  を挟めばよくて(密度 \rho=\sigma\delta(z)  ),

となる.
a=b  のときは正方形であり,慣性モーメントは,

これは円板の場合の 4/3  倍になっている.

[棒]

長さ 2a  の棒を考えよう.
線密度は \sigma=M/(2a)  である.
重心は中点でありここを原点にとる.
x  軸を棒に平行にとり,他の軸はこれに直交するようにとる.
慣性モーメントを求めるには,直方体の慣性モーメントの式でデルタ函数 \delta(y)\delta(z)  を挟めばよくて(密度 \rho=(M/2a)\delta(y)\delta(z)  ),

となる.
このとき x  軸周りの回転は存在しない.
なぜならば, x  軸方向から棒をみると大きさがなく回転の自由度がないからである.

[二原子分子]

結合の長さ l  が不変な二原子分子を考えよう.
2原子は質量 m_1  m_2  の質点とみなす.
これは最も簡単な剛体の例である.
2質点の座標を \boldsymbol{r}_1,\,\boldsymbol{r}_2  とすると重心の座標は,

である.
重心から見た2質点の座標は,

重心を原点にとり2質点が x  軸上にあるように座標系をとりなおすと \boldsymbol{r}_1-\boldsymbol{r}_2=(l,0,0)  である.
密度はデルタ函数を用いて \rho(\boldsymbol{r})=m_1\delta^{(3)}(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}_1')+m_2\delta^{(3)}(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}_2')  とかける.
慣性モーメントは,

今原子は x  軸上を仮定しているのでデルタ函数により全ての y,z  を含む項は 0  になる.
これにより非対角成分はすべて落ちる.
対角成分では x  軸周りの回転の成分だけ 0  となる.
これは棒のときと同じく,この x  軸回転の自由度が存在しないことに対応している.
残った成分を計算していくと,

となる.
ここで \mu=m_1m_2/(m_1+m_2)  は換算質量.
この式は棒の場合とよく似ている.

コメントを残す