Born近似

前節で得たLippmann–Schwinger方程式は積分方程式であり一般に解くことは難しい.
この節では最も単純な近似であるBorn近似について議論しよう.

Lippmann–Schwinger方程式は

ただし v=2m V/\hbar^2
両辺に未知の波動函数 \psi(\boldsymbol{x})  を含んでいる.
右辺においてもし第1項の入射波に比べて第2項の散乱ポテンシャルの影響が小さいならば非積分函数の \psi(\boldsymbol{x})  を入射波に置き換えても良い.
すなわち

という近似を考える.
これがBorn近似である.

Born近似の評価

Born近似の適用条件を見積もろう.
上に述べた通り,右辺第2項を入射波に対する補正項と捉えてこれが小さい必要がある.
ポテンシャル V  が原点から有意な値を持つ領域までの距離をおおよそ a  とする.
また波動函数は原点付近で最もポテンシャルの影響を受けるから原点 \boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}  で評価する.
そして第2項は積分はだいたいこの半径 a  の球内で一定値のポテンシャル V_0  を持つとし,それ以外で 0  と近似して

と見積もれる.
後ろの動径方向の積分を調べるために2つのエネルギー領域を考える.
まず低エネルギー領域,すなわち入射粒子のエネルギーが十分小さくて p_{\infty}a/\hbar\ll1  が成り立つとする.
このとき被積分函数は 2p_{\infty}r'/\hbar  と近似できて

と評価できる.
したがってBorn近似が適用できるためにはこれが 1  (入射波の大きさ)より小さいことが必要であり,ポテンシャルについては

が成り立っている必要がある.
この条件は入射波によらずポテンシャルの形状にのみ依存していて,ポテンシャルが十分「狭くて浅い」ことが要求されている.

他方で高エネルギー領域 p_{\infty}a/\hbar\gg1  ではRiemann–Lebesgueの定理により e^{2ip_{\infty}r'/\hbar}  の積分は無視できる.
それゆえ

と評価できる.
したがってBorn近似が適用できるためにポテンシャルについては

が成り立っている必要がある.
こちらは入射波の速度 p_{\infty}/m  に比べてポテンシャルが狭くて浅い条件になっている.
いずれのエネルギー領域においても散乱ポテンシャルの特徴的な大きさが十分小さいという条件が導かれた.
ただし高エネルギーという条件 \hbar/a\ll p_{\infty}  から \hbar^2/(ma^2)\ll\hbar p_{\infty}/(ma)  が成り立つので,もし低エネルギー領域における条件が満たされておればこちらは自動的に満たされる.

ではBorn近似が成り立つとして議論を進めよう.
Born近似における散乱振幅は

ここで \boldsymbol{k}=p_{\infty}\boldsymbol{e}_r/\hbar
少し整理して

と書きかえる.
新たに導入した \varDelta\boldsymbol{p}=p_{\infty}\boldsymbol{e}_r-p_{\infty}\boldsymbol{e}_{z'}  は散乱前後の運動量移行 (momentum transfer) である. \boldsymbol{e}_r  \boldsymbol{e}_{z'}  のなす角を \Theta  とすれば運動量移行の大きさが

と表わせる.
\Theta  は古典力学的な散乱角である.

中心力場は動径方向にしか依存しないので,運動量移行と \boldsymbol{x}'  がなす角を \theta  として球面極座標表示すれば角度についての積分が実行できて

まで得られる.
簡単な中心力場の例として三次元井戸型ポテンシャル

で散乱振幅を計算してみよう.
一般的な式に代入して計算すると

と求まる.
表記の簡単のために無次元量 \xi=|\varDelta\boldsymbol{p}|a/\hbar  とおいて整理すると

として \xi  だけの函数として表わせる.
微分散乱断面積は振幅の二乗をとって

全散乱断面積を求めるには全立体角にわたって積分すれば良い.

コメントを残す