Prerequisite
衝突の様子を詳しく調べたいときには微分散乱断面積の角度依存性を調べる方法があった.
標的に対して入射フラックス で粒子のビームを衝突させたとき,単位時間あたりに角度 へ散乱される粒子の個数は
で定義される.
ここで は単位立体角あたりの微分散乱断面積といい,その方向への散乱の偏りを表す.
これは標的粒子が原点に静止している実験室系における定義と言える.
相対論的な散乱問題を議論するときに特定の座標系に依存せずLorentz変換に対して共変な形で散乱理論を再構築したい.
そこでまず実験室系をやめて2種類の粒子ビームを衝突させるという状況に拡張したい.
数密度が一様かつ一定の の粒子ビームの場合,微小時間 の間に面積 を通過する粒子数 は高さ で底面積 の円筒内にある粒子数に等しく とかける.
ただし はビーム中の粒子の(平均)速度.
それゆえこのビームの入射フラックスは (単位時間あたりに単位面積を通過する粒子数)である. 実験室系においてはこの速度 は標的粒子に対する入射粒子の相対速度とみるべきである. そこで相対速度 を導入してこれに置き換える. つまり は粒子1のビームの数密度を として の大きさに比例する.
粒子2を静止させた系を考えたわけだが,もし粒子1の方を静止させた場合にも散乱問題は全く対称に成立しなければならない.
標的粒子も数密度が大きければ衝突が起こりやすくなりより多く散乱される.
それゆえ は標的粒子の数密度 として散乱が起こる体積内の粒子数 にも比例する(最初の定義では標的粒子は1個で となっている).
以上から
という形に一般化できる.
しかしながら相対論的力学の節で述べたように速度はLorentz変換のもとで良いふるまいをしない.
また四元速度はパラメータ の取り方に依存する.
実験室系や重心系の諸量の記述では四元運動量が便利であった.
四元運動量はパラメータによらず
と定義される.
はビーム内の粒子1つが持っている四元運動量である.
速度はこの式から逆に解いて
と表せる.
粒子のビームについて数密度 と入射フラックスから四元ベクトル を作ることができる.
これを四元フラックスと呼ぶことにする.
成分の直接の比較から四元運動量と
の関係があることがわかる.
この四元フラックスが連続の式
を満たすと仮定する(詳しくは電磁気学の「電荷保存則」の節を参照せよ).
連続の式は簡単に言えば粒子が新たに生成されたり消滅したりしないことを保証する.
この関係式は任意の慣性系で成立するので はLorentz変換に対して反変ベクトルと同じ変換をしなければならない: .
四元運動量も同じLorentz変換をするので, という量はLorentz変換に対して不変である.
これらの考察から散乱断面積の定義式を
と書き換えると前の係数はLorentz不変である.
2つ目の因子については
となっている.
Lorentz不変な内積 の2乗を計算すると
となる.
これを用いて の項を消去して
Einsteinの関係式 を用いてエネルギーを消去して整理すれば
この表式の第1項と第2項はLorentz不変である.
第3項と第4項については と のなす角を とすれば とまとめることができる.
普通の衝突問題で興味がある慣性系は二粒子のビームは平行に衝突するような系なので, を仮定すると でありこの項を落とせる.
よって散乱問題における微分散乱断面積の定義として
を採用することができる.
これはLorentz変換に対して共変的な定義式となっている.
共変相対速度として
を定義することもできる.
上で述べたように は のときだけ に一致する. また はLorentz不変である.
微分散乱断面積の定義を立体角と時間で積分して
相対論的な散乱断面積
とする.
ここで は散乱の観測時間で は全散乱断面積であり, は時間 の間に全方向に散乱される粒子の総数である.
したがって は体積 の中で時間 の間に起こる2つの粒子のビームの衝突回数にも等しい.
衝突回数は任意の慣性系で同一(Lorentz不変)であり,四次元の体積 も不変,さらに上の議論から もLorentz不変なことから全散乱断面積 もLorentz不変となる.
こうしてLorentz不変な散乱断面積の定義式を得ることができた.
相対論的な散乱断面積は素粒子やその複合粒子を加速器で衝突させるような散乱問題を考えるときに重要となる.
詳細は場の理論の章で議論する.