磁気モーメント

Prerequisite

円形電流の作る磁場

半径 a  の円環上で定義された電流密度 \boldsymbol{j}  のつくる静磁場を求めよう.
円環は xy  平面上にあるとし, z  軸を直交するように取る.
円環の単位長さあたりに流れる電流を I  とし,電流は z  軸に対して右回りを正とすると

とかける.
ここで r=x^2+y^2  \boldsymbol{e}_{\theta}  円筒座標 (r,\theta,z)  における \theta  についての基本ベクトルで

円環電流による静磁場はBiot–Savardの法則とベクトルポテンシャルにより,

によって計算できる.
まず電流密度の式を代入してデルタ函数の積分から直ちに

\boldsymbol{x}=(r\cos\theta,\,r\sin\theta,\,z)  \boldsymbol{x}'=(a\cos\theta',\,a\sin\theta',\,0)  とおけば,

となるので,

ベクトルポテンシャルの各成分を計算していく.
まず z  成分については \boldsymbol{e}_z\cdot\boldsymbol{e}_{\theta'}=0  なので A_z=\boldsymbol{A}\cdot\boldsymbol{e}_z=0  . 次に動径成分については \boldsymbol{e}_{r}\cdot\boldsymbol{e}_{\theta'}=-\sin(\theta'-\theta)  であり, \varphi=\theta'-\theta  と変数変換すると(三角函数の周期性に注意して)

ところがこの積分は区間 [0,\,\pi]  と区間 [\pi,\,2\pi]  の積分がちょうど符号が逆で相殺する.
よって A_r=0

最後に角度成分が残って \boldsymbol{e}_{\theta}\cdot\boldsymbol{e}_{\theta'}=\cos(\theta'-\theta)  より

この積分は陽には実行できない.

そこで観測点 \boldsymbol{x}  が十分遠方にあり円環の半径 a  はそれに比べて十分小さいと仮定する: |\boldsymbol{x}|\gg a
このもとで A_{\theta}  を小さい変数 \epsilon:=a/|\boldsymbol{x}|  の冪で展開することを考える.
Taylor展開により1次までで,

したがって,

と求まる.
直交座標でのベクトル表記では

となる.

ここから磁束密度 \boldsymbol{B}  を, \boldsymbol{\nabla}\times(f\boldsymbol{V})=(\boldsymbol{\nabla} f)\times\boldsymbol{V}+f(\boldsymbol{\nabla}\times\boldsymbol{V})  の公式から計算すると,

となる.
第1項の z  成分において -r^2 = z^2 - |\boldsymbol{x}|^2  と分解して単位方向ベクトル \boldsymbol{n}=\boldsymbol{x}/|\boldsymbol{x}|  を導入すると,円形電流のつくる静磁場は

となる.
あるいは磁場の強さでは

円形電流と電気双極子

ここで重心が原点の場合の電気双極子のつくる静電場の式を思い起こそう:

円形電流の作る静磁場の式と電気双極子のつくる静電場はよく似た形をしていることがわかる.
そこで電気双極子の電気双極子モーメントにならって,磁気双極子モーメント (magnetic dipole moment)を

で定義する.
すると静磁場の強さは

となる.
この等式は観測点が十分遠方,または円環が十分小さい |\boldsymbol{x}|\gg a  のときに正しい.

円形電流が外部の一様な静磁場から受ける力について調べてみよう.
円形電流の作る磁場は無視する.
一様静磁場の磁束密度を \boldsymbol{\mathfrak{B}}  とおく.
円形電流が受ける力は

積分はすぐに計算できて \boldsymbol{F}=\boldsymbol{0}  とわかる.
円形電流の重心は質量が一様とすると原点である.
円環の単位長さあたりに働くLorentz力は \boldsymbol{j}\times\boldsymbol{\mathfrak{B}}  なので,力のモーメント

となる.
デルタ函数を積分してベクトル三重積の公式を適用すれば

となる.
したがって磁気モーメントを用いれば,

ここで \boldsymbol{\mathfrak{H}}  は外部磁場の強さ.
\theta  を外部磁場と \boldsymbol{m}  がなす角とすると N=m\mathfrak{B}\sin\theta
また円形電流の感じるポテンシャルエネルギーは電気双極子と等価であることから,

となる.
同じく \theta  を磁場と \boldsymbol{m}  がなす角とすると V=-m\mathfrak{B}\cos\theta
これらの式は外部磁場を非一様な \boldsymbol{\mathfrak{B}}(\boldsymbol{x})  に置き換えても a\rightarrow\boldsymbol{0}  の極限で成り立つ.
この極限は円形電流を十分遠くから観測するときと等価である.

単磁極は存在せず磁気双極子を作ることはできないが,代わりにループ電流がそれと等価な磁場を作ることがわかった.
よって磁場において磁気双極子モーメントが基本的な量となる.
磁性体の理論においても物質中の電子の磁気双極子モーメントに基づいて議論する.
この場合はループ電流ではなく,電子の固有磁気モーメントまたはスピンと呼ばれる量が重要となる.
詳細については統計力学の章で述べる.

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