熱力学第一法則

マクロな系のエネルギーについて議論しよう.
孤立系のエネルギーは必ず保存しなければならない.
それは孤立系においては外部への流出がないからである.
孤立系が全体として運動しているならば(マクロな)運動エネルギー,運動量をもつ.
しかし前にも述べたようにこれは静止系をとることで考えない.
すると孤立系のエネルギーは内部エネルギー U  だけである.

平衡状態 \mathcal{A}  の系に対して外から操作をしてエネルギーが \delta U  だけ増加した別の平衡状態 \mathcal{B}  へ遷移させることを考えよう.
たとえば系の体積を変えるとか,加熱するとかいった操作が可能である.
この操作を行う間は外部とやりとりがあるので孤立系ではなくなるが,操作完了後は再び孤立系にする.

ピストンによる体積変化

まずわかりやすい体積の変化を見てみる.
体積を変える操作は外から力を加えれば良い.
たとえば外力によってピストン(摩擦は無視する)を動かすと体積が変化する.
ピストンの面積を S  ,動かした変位を微小量 \mathrm{d} x  とすると体積の変化は \mathrm{d} V=S\mathrm{d} x  とかける.
この過程が膨張 \mathrm{d} V>0  のとき \mathrm{d} x>0  と約束する.
圧縮するときはピストンに力を加える.
系に与える微小な仕事-F\mathrm{d} x  であるが,これは -(F/S)\times S\mathrm{d} x= -P\mathrm{d} V  と変形される.
したがって有限の体積変形では,

で求められる.
ここで圧力 P  は一般に系の体積や他の熱力学変数の函数である.

ピストンを動かす際,容器との間に摩擦があれば摩擦熱として仕事の一部が散逸するので,その分仕事がいくらか余計に必要になる.
マクロな系を扱う際,ミクロな粒子のエネルギーの授受をいちいち追うことはしないが,熱としての散逸を加えたエネルギー収支が厳密に孤立系のエネルギー変化に等しくなるはずである.

また加熱といった方法でエネルギーを増加させることもできる.
加熱とは系の温度より高い温度の物体(たいていは熱浴とみなす)を接触させることである(後述).
熱力学第〇法則にしたがって接触面から高温側の温度が伝搬していくわけだが,その実際の様子というのは結局高温側のミクロな粒子の運動が渡されていってその総体が加熱という操作になっている.
熱という個々には計算できない形で系のエネルギーが増加したり減少したりするのである.

そこで抽象的に散逸したり加熱・冷却された熱の全収支をまとめて Q  と書こう.
加熱のとき正,冷却・散逸のとき負である.
これを加えてエネルギー保存則,

熱力学第一法則

が成り立つとする.
これを熱力学第一法則 (first law of thermodynamics) という.
Q  という量は本質的にマクロな量でありミクロな系には対応物がない.

熱力学第一法則は単なるエネルギー保存則の式であり,仕事の形態は問わない.
もしこれに電気的な力も関与しておれば対応した電場の仕事の項,あるいは磁場の仕事の項が加わる.
あるいは化学反応などによる粒子数の変化によっても,粒子の体積効果(その起源は粒子間の引力)がエネルギー保存則に現れてくる.

上で説明したエネルギー増加の例のように,ある熱平衡状態に外的な操作を加えると,平衡状態はかき乱されて一時非平衡な状態になる.
しかし孤立系であれば十分時間が経つと再び平衡状態に落ち着く.
この一連を熱力学的な過程 (process) と言うことにする.
平衡状態 \mathcal{A}  から別の平衡状態 \mathcal{B}  への過程を

と書くことにする.
熱力学第一法則の右辺の仕事や熱の授受は過程に依存する量であり, W(\mathcal{A}\to\mathcal{B}),\,Q(\mathcal{A}\to\mathcal{B})  と書ける.
一方で内部エネルギーは熱力学変数と仮定しているので平衡状態に依存した量 U(\mathcal{A})  などと書かれる.
この記法では平衡状態 \mathcal{A}  から \mathcal{B}  への過程による熱力学第一法則は,

と表現できる.

以下しばらくは外的な操作としては,(i) 系どうしの接触,(ii) 外部からの力学的な仕事,(iii) 外部との熱の授受,の3つのみ含む過程を考えることにする.
このような過程の中でも様々な種類の過程が存在する.
一つには(iii)を用いず熱の授受がまったくない,ないしは授受があっても無視できるくらい少ないような過程があって,断熱過程 (adiabatic process) という.
断熱過程では熱力学第一法則は単に \delta U=W  となる.
断熱過程は熱力学において非常に重要であるので特に断熱過程を明記して

と表すと約束する.

註)過程のこの記法は一般的ではなく,ここだけのものであることに注意せよ.

一方で体積を一定に保って(iii)により熱を加えたりする過程を定積過程 (
isochoric process) といい, \mathcal{A}\overset{\mathrm{V}}{\to}\mathcal{B}  とかく.
今度は体積が一定なので力学的仕事は 0  となり熱力学第一法則は \delta U=Q  となる.

さらに圧力一定の定圧過程 (isobaric process) ,温度一定の等温過程 (isothermal process) などがあり,それぞれ \mathcal{A}\overset{\mathrm{P}}{\to}\mathcal{B}  \mathcal{A}\overset{\mathrm{T}}{\to}\mathcal{B}  とかく.
この2つは等圧環境・等温環境との接触によって実現される.
定圧過程でのピストンによる仕事は W=P(V_1-V_0)  となる.
ここで V_0  ははじめの体積, V_1  は終わりの体積である.

さらに条件を組み合わせて断熱・定積過程を考えることができる.
断熱なので Q=0  でありかつ定積なので W=0  である.
しかしながら気体を攪拌したり,またはピストンを振動させたりして体積一定のまま仕事 W_{\mathrm{Ad}}  を加えることは可能である.
一方で気体の行う仕事は必ず体積の増減を伴い,定積での仕事は不可能である.
したがって断熱・定積過程は \delta U =W_{\mathrm{Ad}}>0  のみで,内部エネルギーを減少させることはできない.

上述の過程を達成するためには系を囲む壁についての条件が必要となる.
たとえば2つの系が仕切り壁を挟んであらゆる物理的相互作用が禁止されているとする.
その仕切り壁を取り除くと2つの系は相互作用し始め混ざり合い,1つの新たな平衡状態に達する.
また仕切り壁は他にも,熱の授受だけを許すもの(透熱壁),ピストンのように動くもの(可動壁),特定の粒子の移動を許すもの(粒子交換壁),などが存在する.
熱の授受を行う(iii)においては外部との接触面が透熱壁にする必要がある.
逆に断熱過程では系は断熱壁で囲まれている.
操作(ii)を体積変化で行うときは可動壁が必要となる.
操作(i)は系どうしを隔絶する仕切り壁を取り除くまたは条件を変更する(透熱壁 \to  断熱壁など)といった操作を含む.

一般に過程の間は非平衡状態なので,系の熱力学変数の値が定まらないことが多い.
したがってある平衡状態から別の平衡状態への過程を考えたときに,それを微小な過程にわけて考えても各瞬間で平衡状態とは限らない.
すなわち過程の間の熱力学変数の微小変位(たとえば温度 T  から T+\mathrm{d} T  への変位)が定義されない.
しかしながらもし系をわずかに動かしても直ちに平衡状態に落ち着くような過程であれば,あるいはそれだけ慎重に操作をする過程であれば,その操作の微小変化を考えることが可能となる.

定量的には,非平衡状態が緩和するまでの時間スケール \tau_R  に比べて微小操作にかかる時間スケール \tau_O  (より正確には,微小操作によって見たいマクロな物理量の値が明確に,観測可能なほど変化するまでかかる時間)が十分長い

というときには微小変化の過程が定義できる.
このような過程を準静的過程 (quasi-static process) といい

と明記する.
したがって仕事の表式は過程の間の各瞬間で圧力 P(V)  が定義されていなければならないので,準静的過程に対してのみ成立する.

準静的過程により \mathcal{A}\overset{\mathrm{q}}{\to}\mathcal{B}  の遷移が可能なとき,逆向き過程 \mathcal{B}\overset{\mathrm{q}}{\to}\mathcal{A}  も可能である.
逆向き過程とは過程 \mathcal{A}\overset{\mathrm{}}{\to}\mathcal{B}  の途中の状態も含めて逆にたどったものとする.
単に「ある \mathcal{B}\overset{\mathrm{}}{\to}\mathcal{A}  の過程が存在する」というのとは異なることに注意せよ.
たとえばピストンにより外部から仕事を行う場合,ピストンを十分にゆっくり動かすことで準静的過程が達成されるだろう.
この逆向き過程を達成するには系が外部に対してちょうど同じ量の仕事を行えば良い.

ある過程における仕事・熱の総移動量 W,\,Q  は計算できるが,その間の途中の状態は(平衡熱力学の範囲では)一般には計算できず,どのような操作を行ったかに依存している.
解析力学では質点の始めと終わりの位置が与えられれば最小作用の原理によりその途中の軌道は一意に定まった.
またその間の微小変化に関係する速度も各瞬間で定まっていたこととは対照的である.

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