Diracのガンマ行列

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前節では相対論的自由粒子に対するDirac方程式を導いた:

ここに現れる \gamma^{\mu}  は単なる数ではない抽象的なものだが,Dirac代数からその表現行列を得ることが可能である.
それらをDiracのガンマ行列という.
Dirac代数を改めて行列表記で,

とおく.
右辺の I  は単位行列である.
このDirac代数を満たす \gamma^{\mu}  たちの表現行列の満たすべき性質について調べていく.
\mu=\nu  のときには,

\mu\neq\nu  のときには,

4つの固有値方程式を \gamma^{\mu} |{\psi}\rangle=\lambda^{\mu} |{\psi}\rangle,\,(\lambda^{\mu}\in\mathbb{C})  とすると,

このことから固有値は \lambda^{\mu}=(\pm1,\pm i,\pm i,\pm i)  となる.

また各ガンマ行列のトレースをとると,

よって \mathrm{tr}\,(\gamma^0)=0
ただし2つ目のイコールではガンマ行列の性質を用い,3つ目のイコールではトレースの性質 \mathrm{tr}\,(AB)=\mathrm{tr}\,(BA)  を使った.
同様にして,

よって \mathrm{tr}\,(\gamma^i)=0  となる.
まとめて,

任意の n  次正方行列 A  はある正則行列 P  が存在して P^{-1}AP  をJordan標準形にすることができる.
このとき対角成分は A  の固有値が並ぶ.
いまガンマ行列をJordan標準形に変形することを考える.
各ガンマ行列に対して P_{\mu}^{-1}\gamma^{\mu}P_{\mu}  をJordan標準形とするとトレースの性質から,

よってガンマ行列の固有値の和が 0  に等しいことを意味する.
ガンマ行列が奇数次の正方行列と仮定すると n=2k+1  とかけて,

ところが各 \lambda^{\mu}_i  \pm1  あるいは \pm i  であったので奇数個の和では決して 0  ににならない.
よって矛盾でありガンマ行列は奇数次ではない.
すなわちガンマ行列は偶数次の行列で表現されなければならない.

ガンマ行列は偶数次とわかったので n=2  の場合を考える.
n=2  のとき行列は4成分を持つ.
\mathrm{tr}\,(\gamma^{\mu})=0  から対角成分の1つは決まる.
よって独立なものは最大でも3つまでしかとることができない.
しかしながらガンマ行列は4つありそれらは反可換でなければならないから,最低でも4つの独立な行列が存在しなければならない.
したがって n=2  ではDirac代数を満足する表現は存在しない.

一方 n=4  以上ではそのような独立な行列が4つ以上存在するのでガンマ行列の表示をとることができる.
そこでその最低次の n=4  の行列を表現に採用しよう.
n=4  の表現の一つにDirac表現

がある.
ここで \sigma^i  はPauli行列である.
Dirac表現は非相対論的極限をとるときなどに便利な表現である.
もう一つ有名なものには,

というものがある.
これをWeyl表現とかカイラル表現とよぶ.
こちらはDirac方程式のまま扱うときに用いる.
本稿では主にWeyl表現をとり,そうでない表現を用いるときには断りを入れる.

表現が n=4  に決まったことで波動函数も4成分持たなければならないことになる.それを

とおく.
\psi_a\,(a=1,2,3,4)  を波動函数のスピノル成分という.
Pauli方程式のときには波動函数が2成分になったことを思い起こすと,それはスピンの固有状態がそれぞれ対応していた.
よってこの4成分もなんらかの物理量の固有状態に対応していると考えられる.
この対応は後の節で見る.
あとで導入する2成分スピノルと区別するために4成分スピノルをDiracスピノルということもある.
スピノル成分でかかれたDirac方程式は

となる.

次の節でさらにガンマ行列を含む計算方法について調べていくことにしよう.

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  • Diracのガンマ行列の計算

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