Dirac方程式

前節で見たようにKlein–Gordon方程式にはいくつか改善すべき問題点がある.
その一つの鮮やかな解決方法としてDirac理論がある.
それは正準量子化から得られるSchrödinger方程式を棄却して新たな1階の微分方程式でなければならないという要請に基づく.
たしかにKlein–Gordon方程式はHamiltonianを2階作用させてしまったがために,Lorentz共変性は得た一方で波動函数の確率解釈の破綻という問題を抱えてしまった.

Klein–Gordon方程式は2階の時間微分を含むことが問題だったので微分演算子について線型な次の形に仮定しよう:

そしてこの方程式が満たすべき条件を課すことで5つの係数 \alpha^0,\alpha^k,\beta  を決める.
注意すべきことは結果的にこれらの係数は単なる数ではなく行列で表現されるような量ということである.
そのため一般には交換しないものとして計算を進めなければならない.
この方程式の解がKlein–Gordon方程式も満たすことを要請して,

がKlein–Gordon方程式 (\partial_{\mu}\partial^{\mu}-m^2c^2/\hbar^2)\psi=0  に一致するように係数を定める.
この要請によって線型方程式の解も相対論的なエネルギー固有値を持つことが保証される.
展開すると括弧の中身は,

係数を比較すれば次が得られる:

まとめるために \alpha^{\mu}=(\alpha^0,\alpha^k)  とおくとこれらは,

と簡潔になる.
ここで \eta^{\mu\nu}  は特殊相対性理論で定義したMinkowski計量テンソル

の逆であり,括弧積

反交換子 (anti-commutator) とよばれるものである.
方程式の左から \beta  をかけると条件 \beta^2=-1  を用いて,

新たに \gamma^0=-i\beta\alpha^0,\,\gamma^i=-i\beta\alpha^i  とおき微分演算子も \partial_{\mu}  とまとめてしまえば,

Dirac方程式

そして \alpha^{\mu},\beta  の反交換関係を \gamma^{\mu}  の反交換関係に置き換えると,

Dirac代数

となっている.
以上が求めるべき方程式とその係数の条件である.
この方程式をDirac方程式といい,反交換関係をDirac代数という.

Dirac方程式の左から i\gamma^0  をかけて整理すると

この方程式をSchrödinger方程式と捉えるとDirac理論のHamiltonianは

と解釈できる.
これは正準量子化の手続きで行ったような古典論に対応する系が存在しないことに注意せよ.
Hamiltonianは自己共役演算子なので \gamma^0  も自己共役でかつ \gamma^i  は反自己共役

でなければならない.
\gamma^{\mu}  の具体形や計算方法などについては次の節で議論する.

コメントを残す