因果律と同時の概念

Prerequisite

Aliceからみて x  軸方向に速さ V  で運動するBobの系へのLorentz変換

という形にかける.
この変換によって二人の観測する事象の時刻と位置が結ばれる.
この節では簡単のため y,\,z  座標は考えず時間 t  と空間 x  だけの時空で議論する.

Minkowski時空におけるLorentz変換の図示

Aliceから見たBobの座標軸をMinkowski空間上に図示したい.
ct'  軸は速さ V  で運動する粒子の世界線に一致し ct=\beta^{-1}x  と表される.
他方 x'  軸は 0=ct'=\gamma ct -\gamma\beta x  より直線 ct=\beta x  となる.
このように世界間隔を不変に保つ変換,Lorentz変換をほどこすと座標軸は見た目にはハサミのように“回転”する.

BobからAliceを見ると速度 -V  で運動しているように見える.
実際Lorentz変換の逆行列は

である. t'x'  座標軸から見ると t  軸は ct'=-\beta^{-1}x'  と表され, x  軸は ct'=-\beta x'  と表される.

Lorentz因子 \gamma  から明らかなように光速 c  で運動する系への変換は定義できない.
したがって光速を超える系にも変換できない.
もし光速を超えて運動する粒子,タキオン (tachyon) が存在すると種々の不都合が生じることになる.
タキオンは実験的にも観測されていない.
特殊相対性理論では光速 c  は粒子の可能な速度の上限値として扱う.

電球が灯った事象がAliceにまで伝搬するのに有限の時間を要する.

Lorentz変換によって時間も変換されるために,「同時」という概念はNewton力学とは異なるものになる.
Newton力学での同時は単に時刻(時間座標)が等しいことであったが,二事象が同時とは2つの意味があることに気づく.

1つは二事象の時刻が t_A,\,t_B  であったとすると t_A=t_B  が同時である.
このことはしかし現実には感知しえない.
上で述べたように光速より速いものは存在しないので,あらゆる情報が観測者に伝搬する速さも光速を超えない.
たとえばAliceが離れたところで電球が灯ったという事象の時刻を手元の時計を見て測るとする.
Newton力学ではこの時刻を用いても何ら問題ないわけだが,実際には電球の光がAliceに伝播するのには必ず有限の時間を要している.
したがって計測時刻は実際の時刻より情報が原点の観測者に伝搬するのにかかる時間だけ遅れており,現実世界での「同時」は t_A=t_B  という意味ではなくなるのである.

物理では空間の各点に時計がくくりつけれていて,事象の生起した時刻はそのまさに起こった点にある時計で測るものとする.
これら時計はどんな相互作用も受けず現象に影響しないものとする.
そうすれば現実世界のような計測時刻の遅れを考えなくても良い.

事象 \mathcal{B}  が光子の世界線より外にある場合,時刻は観測者によって符号が変わってしまう.

もしAliceの系で2つの事象が t_A=t_B  であっても一般にBobの系では同時ではなくなる.
さらには同時だけでなく事象の時系列に慎重な扱いが必要となる.
事象 \mathcal{A}  を原点にとる.
Aliceの系から見て事象 \mathcal{A}  のあとに事象 \mathcal{B}  が生じたとする.
すなわち事象の発生時刻は t_A <t_B
Lorentz変換でBobの系へ移っても事象 \mathcal{A}  は原点のままである.
他方で事象 \mathcal{B}  の時刻は

もし事象 \mathcal{A}  から \mathcal{B}  へ光速より遅い速さで到達可能ならば x_B/t_B< c  なので,

となり必ず t_B'>0=t_A'  である.
したがって2つの事象の前後関係はLorentz変換によって保たれている.

ところがもし事象 \mathcal{A}  から \mathcal{B}  へは光速より速くなければ到達できず,さらに \beta x_B/ct_B>1  を満たすならば

となって t_B'<0=t_A'  となって2つの事象の前後関係は逆転してしまう.

「原因の後に結果が生じるのであって,その逆はあり得ない」いう主張を因果律 (causality) という.
二つの事象の因果関係は時刻の大小によって決まる.

光円錐

相対性理論においてはこの因果関係は注意して組み立てなければならない.
原点の事象 \mathcal{A}  を原因とし事象 \mathcal{B}  を結果とする.
因果律と相対性原理によって全ての観測者から見て t_A<t_B  でなければならない.
これを満たすのは x_B/t_B < c  のときでこのとき二つの事象の世界間隔は

となって負の値をもつ.
このとき二事象の間隔は時間的 (time-like) という.

一方で原因から結果が生じるには光速を超えなければならない場合,観測者によっては t_B'<t_A'  となって逆転することがある.
世界間隔は s^2>0  で正の値を持ち,二事象の間隔は空間的 (space-like) という.

もし二事象が光の世界線上にあるならば s^2=0  でありこの場合は光的またはヌル (null) という.
原点の事象 \mathcal{A}  によって結果が生じることのできる範囲は原点から伸びる光の世界線の内側だけである.
この結果の生じ得る範囲の境界(原点を通る光子の世界線全体の集合)のことを光円錐 (light-cone) という.
光円錐の内側の領域のうち, t>0  の領域を原点にとっての未来といい, t<0  の領域を過去という.
光円錐の内側の任意の点と原点の間の間隔 s^2  はかならず負の値で時間的である.

光円錐の外側の領域は非因果領域といい,原点とは因果関係をもてない点の集合となる.
因果律と相対性原理の要請から光速を超えて原因の影響が伝播しないことが導かれる.
したがってタキオンの存在も許されない.
現実の粒子は全て時間的な世界線となり,Lorentz変換により因果関係が保たれる.

次節では時間の相対性によって起こる相対論特有の現象を紹介する.

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