電磁場の散乱理論

Prerequisite

輻射に関する数節において分かったことは加速度運動する荷電粒子や電荷分布は電磁場を放出することであった.
逆もしかりで電磁場は放出の反作用として荷電粒子に加速度運動をもたらす.

荷電粒子が1つ電磁場と相互作用せず自由な状態にあるとする.
ここに無限遠方から(自由な)電磁場を入射させる.
やがて入射電磁場は荷電粒子と相互作用を始め,さまざまな方向に輻射場として「散乱」される.
この節ではこのような電磁場の散乱問題を議論しよう.

力学の散乱問題では運動方程式により一意に決まる粒子の軌道を調べればよかった.
粒子の入射フラックス \boldsymbol{j}_{\mathrm{in}}  に対し,角度 (\theta,\,\varphi)  の無限遠へ散乱される粒子の個数を

で定義する.
ここで \mathrm{d}\sigma/\mathrm{d}\Omega  は微分散乱断面積と呼ばれる量で各立体角への散乱の分布を表す量である.
そして \varphi  に関する対称性を仮定して粒子の個数が \mathrm{d} N=2\pi j_{\mathrm{in}}b\mathrm{d} b  によって決められる.
あとは運動方程式を解いて衝突パラメータ b  と散乱角 \theta  の関係を導出すればよかった.
また j_{\mathrm{in}}  は断面積の計算に現れてこない.

電磁場は粒子のように個数をカウントすることができない.
しかし自由な電磁場のPoyntingベクトル \boldsymbol{S}  運動量密度\boldsymbol{S}/c^2  )とエネルギー密度 \mathcal{W}  は零質量の粒子のEinsteinの関係式

を満たす.
そこで粒子数の代わりにエネルギーの散乱を電磁場の散乱を記述する量として採用しよう.
入射フラックスとしては自由な電磁場のPoyntingベクトル

に選ぶ.
\boldsymbol{n}_{\mathrm{in}}  は入射の方向ベクトルで,電場 \boldsymbol{E}_{\mathrm{in}}  は物質の存在しない真空( \rho=0,\,\boldsymbol{j}=\boldsymbol{0}  )における解である.

散乱粒子の個数 \mathrm{d} N(\theta,\varphi)  の代わりに輻射エネルギーの角度分布 \mathrm{d} I_{\mathrm{rad}}(\theta, \varphi)  を採用する.
散乱問題では無限遠方へ散乱される電磁場に興味があるので遠方で支配的な輻射場だけを考慮すれば十分である.
そして電磁場の微分散乱断面積

で定義しよう.
力学と違って電磁気学において入射Poyntingベクトルも輻射エネルギーもMaxwell方程式から与えることできる.
したがって,微分散乱断面積は定義からそのまま

から計算できる.
次元解析を行なっておこう.
S_{\mathrm{in}}  M\cdot T^{-3}  の次元を持ち, I_{\mathrm{rad}}  M\cdot L^2\cdot T^{-3}  なので散乱断面積はたしかに面積の次元 L^2  をもつ.

電磁場の散乱問題の設定

簡単な例で実際に微分散乱断面積を計算してみよう.
入射電磁場として直線偏光された単色平面波を選ぶと

と書ける.
ここで \phi  は定数で k_{0\mu}=(\omega_{\boldsymbol{k}_0}/c,\,\boldsymbol{k}_0)  は定四元波数ベクトルで分散関係 \omega_{\boldsymbol{k}_0}=c|\boldsymbol{k}_0|  を満たす. 波数ベクトル \boldsymbol{k}_0  は電磁波の進行方向であり \boldsymbol{n}_{\mathrm{in}}=\boldsymbol{k}_0/|\boldsymbol{k}_0|  である.

入射電磁場による荷電粒子の輻射減衰が小さいと仮定しよう.
そのためには荷電粒子の速さが光速に比べて遅いことが必要である: v\ll c
このときLorentz摩擦だけでなくLorentz力 \boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B}_{\mathrm{in}}  も無視できる. なぜなら自由な電場と磁場には \boldsymbol{B}_{\mathrm{in}}=c^{-1}\boldsymbol{n}_{\mathrm{in}}\times\boldsymbol{E}_{\mathrm{in}}  の関係があるためLorentz力の大きさは v/c  のオーダーである.
さらに k_{0\mu}x^{\mu}\sim \omega_{\boldsymbol{k}_0}t  となり入射電場は一様とみなせる.
こうして荷電粒子の運動方程式において一様入射電場による力だけが有意であり

となる.
この入射電磁波による加速度運動によって荷電粒子は

で与えられる制動輻射を行う.
\boldsymbol{n}_{\mathrm{out}}  は輻射の文脈では荷電粒子から見た観測点 (\theta,\,\varphi)  の方向ベクトルであり,いまは散乱の方向である.
加速度は運動方程式から入射電場に書き換えられて

散乱角 \theta  \boldsymbol{n}_{\mathrm{out}}  と入射電場 \boldsymbol{E}_{\mathrm{in}}  のなす角度とすると

となる.
よって微分散乱断面積は入射電場が消去されて

と求まる.
立体角について積分して全散乱断面積は

Thomsonの公式

となる.
これはThomsonの公式として知られる.

半径 a  剛体球の散乱問題では散乱断面積が \sigma=\pi a^2  で与えられたことを思い出す.
これは剛体球の幾何学的な断面積に等しく,入射粒子が相互作用可能な面積でもあった.
そこでThomsonの公式において

を荷電粒子の有効的な半径とみなすことがある.
半径 a_{\mathrm{c}}  の物理学的な意味については後の節で詳しく論じることにする.

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