相対論的Landau準位

z  軸方向に一様な静磁場 \boldsymbol{\mathsf{B}}=(0,0,\mathsf{B})  が印加されている荷電粒子の系を考える.
非相対論的な量子力学ではLandau準位と呼ばれる一部離散的なエネルギー準位が得られた.
この節ではLandau準位の問題を相対論的に取り扱ってみよう.

電磁場中のDirac方程式は

である.
Landauゲージを選んで一様静磁場を与えるポテンシャルを

と固定する.
するとDirac方程式は

と簡単化される.
非相対論的なLandau準位と同様にエネルギー固有状態に興味がある.
この系のHamiltonianは

であり,この微分演算子に対する時間依存しない固有値問題

を解けばよい.
Hamiltonianの表式を代入すれば微分方程式

を得る.
Diracスピノルを2成分スピノルで \psi=(\xi,\,\eta)  と分解して方程式をWeyl表現で2つに分解すれば

1つ目の方程式を \eta  について解いて2つ目の方程式へ代入すれば \xi  だけの方程式

が得られる.
右辺を整理していくと,

となる.
1行目の第4項の微分 \partial_ix  は後ろの \xi  にも作用することに注意せよ.
2行目へはPauli行列の性質 \sigma_i\sigma_j=\delta_{ij}I_2+i\epsilon_{ijk}\sigma_k  などを第1,4,5項に用いた.
以上から

\xi  に対する微分方程式である.
この方程式は y,\,z  には依存しておらず微分 \partial_y,\,\partial_z  のみに現れる.
そこでこの方程式の右辺の微分演算子に対応したHamiltonianを考えると,そのHamiltonianと運動量演算子 p_y=-i\hbar\partial_y,\,p_z=-i\hbar\partial_z  が可換であり,同時固有状態を構成可能なことを意味する.
さらに \xi  は2成分スピノルであるからスピン演算子 \hat{S}_i=\hbar \sigma^i/2  もオブザーバブルとしてもつ.
HamiltonianはPauli行列 \sigma_z  しか持たないので \sigma_z  と可換であり同時固有状態を構成できる.
そこで \xi  を演算子 \hat{H},\,\hat{p}_y,\,\hat{p}_z,\,\hat{S}_z  の固有値 E,\,p_y,\,p_z,\,\sigma  に属する固有状態(の座標表示)として

を満たすと仮定する.
すると微分方程式で固有値に置き換えれば x  についてのみの常微分方程式

となる.
ここで x  に依存しない定数項を全てまとめて

とおけば

この方程式は中心 x=p_y/(e\mathsf{B})  ,サイクロトロン振動数 \omega_C=e\mathsf{B}/m  をもつ調和振動子のSchrödinger方程式に一致する.
したがってエネルギー固有値は

すなわち

を得る.
これが相対論的な場合のLandau準位である.
エネルギー固有値は非相対論的な場合と同じで固有値 p_y  について縮退している.
縮退度は同様の議論により e\mathsf{B}/2\pi  となる.

粒子で負のエネルギー準位が占有(黒点)されたDiracの海(右)と外部電場によって励起されたエネルギー準位

零質量 m=0  の粒子の n=0,\,\sigma=+1  のLandau準位は

となり,エネルギー準位は二次元の光円錐(正確には2つの直線)上に分布する.
エネルギーが負の側は埋め尽くされているDiracの海になっていると仮定する.
ここに一様な静的外部電場 \boldsymbol{\mathsf{E}}=(0,0,\mathsf{E})  を一定時間印加することを考える.
古典的には電場によって仕事を受けて荷電粒子は電場の方向に加速され運動量が増大する:

このときDiracの海のいくつかの粒子は励起され,同時に空孔を生じる.
エネルギー準位は E_0=+p_zc  の方は \varDelta p_z  だけDiracの海がずれて上昇し, E_0=-p_zc  の方は同じだけ下方へずれる.
系の z  軸方向のサイズを 2L_z  とすると \varDelta p_z  のずれに含まれるエネルギー準位の個数はおよそ \varDelta p_zL_zc/\pi  である(エネルギー準位の間隔が \pi /cL_z  である).
Diracの海から励起しただけなので全体の粒子数は不変である.
これは四元電流密度 j^{\mu}_{\mathrm{EM}}  (または四元確率流密度 j^{\mu}=c\bar{\psi}\gamma^{\mu}\psi  )の保存則からきており,電流密度の保存則は \mathrm{U}(1)  変換 \psi\mapsto e^{-i\alpha}\psi  にNoetherの定理を適用して導かれる.

零質量の場合はカイラル変換 \psi\mapsto e^{-i\alpha\gamma_5}\psi  に対する対称性ももっている.
ここでは導出は省略するが,対応するNoetherカレントはカイラルカレント j_5^{\mu}=ec\bar{\psi}\gamma^{\mu}\gamma_5\psi  である.
実際,連続の式 \partial_{\mu}j_5^{\mu}=0  が満たされていることは零質量Dirac方程式 i\gamma^{\mu}D_{\mu}\psi=0  を適用することで容易にわかる.
再び2つのWeylスピノルによって \psi=(\xi,\,\eta)  と分解すると零質量Dirac方程式と電流密度,カイラルカレントの時間成分 \rho_{\mathrm{EM}}=e\bar{\psi}\gamma^0\psi,\,\rho_5=e\bar{\psi}\gamma^0\gamma_5\psi

となっている.
まず自由な場合のWeylスピノルの運動方程式から \xi  のエネルギーと運動量の z  成分は同符号 E_0=p_zc  \eta  については異符号 E_0=-p_zc  であることが見てとれる.
それゆえ外部電場によって \xi  に対応するエネルギー準位は励起して増加し, \eta  の方は空孔となって減少する.

2つのカレントに対応した保存チャージを

で定義する.
上で述べたように電場の印加によって粒子数 Q  は変化しない: \varDelta Q=0
他方で Q_5  に関してはエネルギー準位を占有する粒子の個数のずれの考察から

と見積もれる.
後ろの因子はLandau準位の縮退度.
L_z=\int\mathrm{d} z  と積分で表して

となる.
\mathsf{E}\mathsf{B}=\boldsymbol{\mathsf{E}}\cdot\boldsymbol{\mathsf{B}}  と表せて,さらに電磁場テンソル \mathsf{F}_{\mu\nu}  を用いてLorentz共変な形

に書き換えることができる.
Noetherの定理にしたがえばカイラルカレントは保存量であり,Noetherチャージ Q_5  は保存量のはずである.
しかし外部電場の印加によってその保存則は破れてしまう.
実は場の量子論の厳密な計算でも全く同じ結果を導くことができる.
このように対称性をもつ理論が古典的なNoetherの定理による保存則が成り立っていても,量子論的には破れることがある.
これを量子異常 (quantum anomaly) または単にアノマリという.
電磁相互作用する零質量Dirac方程式に現れるアノマリはAdler–Bell–Jackiwアノマリあるいはカイラルアノマリとして知られる.
アノマリの厳密な議論は場の理論の章で詳しく述べる.

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