定常散乱のS行列

Feynmanの i\epsilon  処方を考慮した運動量表示のLippmann–Schwinger方程式

についてより深く考察していこう.
どちらの符号で極をずらしているかを明示するために |{\psi_{\boldsymbol{p}}^{(\pm)}}\rangle  と表記する.
また \epsilon\to0  の極限は省略している.
運動量の固有状態 |{\boldsymbol{p}\rangle}  \hat{H}_0  の固有値に属していて正規直交系をなす: \langle{\boldsymbol{p}'|\boldsymbol{p}}\rangle=(2\pi\hbar)^3\delta^{(3)}(\boldsymbol{p}'-\boldsymbol{p})  . 他方で |{\psi_{\boldsymbol{p}}}\rangle  \hat{H}=\hat{H}_0+\hat{V}  の固有値 E_{\boldsymbol{p}}  に属する固有状態であり,量子論の一般論からやはり正規直交系をなす: \langle{\psi_{\boldsymbol{p}'}|\psi_{\boldsymbol{p}}}\rangle=(2\pi\hbar)^3\delta^{(3)}(\boldsymbol{p}'-\boldsymbol{p})
Lippmann–Schwinger方程式はこの2つの基底 |{\boldsymbol{p}\rangle}  |{\psi_{\boldsymbol{p}}}\rangle  の変換公式とも言える.
そこで変換に対応する演算子を導入して

とおこう.
すると \hat{\Omega}^{(\pm)}  の行列要素は運動量表示のLippmann–Schwinger方程式そのものである.
また |{\boldsymbol{p}\rangle}  は完全系なので |{\psi_{\boldsymbol{p}}}\rangle  を展開することができる.
2式を比較して

がわかる.
さらに2つの基底の正規直交関係からは

となることも導かれる(散乱ポテンシャル \hat{V}  によって束縛状態が現れるときはより慎重な議論が必要であるがほとんど同じ結果を導くことができる).

散乱問題で重要なのは微分散乱断面積であり,定常散乱では散乱振幅 f(\theta,\varphi)  によって与えることができる.
座標表示の散乱振幅は

ここでベクトル \hbar\boldsymbol{k}  は入射運動量 \boldsymbol{p}=p_{\infty}\boldsymbol{e}_z  と同じ大きさで動径方向を向いている; \hbar\boldsymbol{k}=p_{\infty}\boldsymbol{e}_r=:\boldsymbol{p}'  . 特に定常散乱なので E_{\boldsymbol{p}'}=E_{\boldsymbol{p}}  が成り立つ.
また v(r)=2mV(r)/\hbar^2  で定義されている.
Lippmann–Schwinger方程式は散乱振幅を導かなけばならない.
そのことを見るためにこれを状態ベクトルで書き直そう.
平面波は e^{-i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}'}=\langle{\boldsymbol{p}'|\boldsymbol{x}'}\rangle  ,波動函数は \psi^{(+)}(\boldsymbol{x}')=\langle{\boldsymbol{x}|\psi_{\boldsymbol{p}}^{(+)}}\rangle  であるから

と書き換えられる.
最後の式ではエネルギー保存則を書いて勝手な大きさの \boldsymbol{p}'  は選べないことを明示した(逆に言えば散乱方向 \theta,\varphi  の函数である).
\langle{\boldsymbol{p}'| \hat{V} |\psi_{\boldsymbol{p}}^{(+)}}\rangle  の部分はたしかにLippmann–Schwinger方程式にも現れている.
デルタ函数の公式

により( \mathsf{P}  は主値積分),Lippmann–Schwinger方程式の右辺第2項は主値積分の項とエネルギー保存則に対応したデルタ函数 \delta(E_{\boldsymbol{p}}-E_{\boldsymbol{p}'})  とに分離されて

主値積分を除いて行列要素

S行列

を定義する(第2項の係数 2  に注意).
これを散乱行列 (scattering matrix) または頭文字をとってS行列 (S-matrix) という.
S行列は散乱の漸近的な終状態を展開したときの始状態の重みに対応する.
S行列はユニタリ演算子であることが導ける.
まず2つの固有値方程式 \hat{H}|{\psi_{\boldsymbol{p}}}\rangle=E_{\boldsymbol{p}}|{\psi_{\boldsymbol{p}}}\rangle  \hat{H}_0|{\boldsymbol{p}}\rangle=E_{\boldsymbol{p}}|{\boldsymbol{p}\rangle}  から始める.
後者で \hat{H}|{\boldsymbol{p}\rangle}=(E_{\boldsymbol{p}}-\hat{V})|{\boldsymbol{p}\rangle}  と変形したものと前者の差をとることで

を得る.
ここでも i\epsilon  処方により極をずらしておく.
+  -  の差をとるとデルタ函数の公式により主値積分の項を落とすことができて

両辺のHermite共役をとり左から |{\psi^{(+)}_{\boldsymbol{p}}}\rangle  に作用させれば

となってS行列に等しいことがわかる.
これと \Omega^{(\pm)}  の定義から演算子 \hat{S}  との間に

の関係があることが導かれる.
この表式を用いれば最終的にS行列のユニタリ性

が示される.

S行列の第1項は散乱ではなく透過波の寄与なのでそれを抜き出して

によって演算子 \hat{T}  を定義すると,その行列要素は

T行列

である.
こちらは遷移行列 (transfer matrix) または頭文字をとってT行列 (T-matrix) と呼ばれる.
S行列がユニタリであることからT行列は

を満たさなければならない.
さらにT行列は散乱振幅と

という関係があることがすぐにわかる.
したがってLippmann–Schwinger方程式を解かなくても,S行列またはT行列を計算することができれば定常散乱問題は解けたことになる.
しかしながらどちらの行列要素も未定な状態 |{\psi_{\boldsymbol{p}}^{(+)}}\rangle  を含んでおり計算の大変さはそれほど変わらない.
摂動的に散乱ポテンシャルを扱う際にはS行列を用いると議論の見通しが良くなる.
詳細は摂動論の章で述べる.

T行列の条件を行列表示して対角成分 \boldsymbol{p}=\boldsymbol{p}'  に着目すると

となる.
f(0)  は散乱のしなかった生存波に対応する.
最後の段の積分は球面極座標へ移ることで p''=|\boldsymbol{p}''|  について実行できて

ここで \sigma  は全散乱断面積.
これにより結局

となり光学定理を再び得る.
光学定理は散乱後の確率保存則から導かれるのでS行列のユニタリ性は確率保存則と関係している.

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