多変数函数の微積分

多変数函数の場合,微分積分の定義はどのように一般化されるべきであろうか.
ここでは厳密な議論は他書に委ねて,ラフな議論にとどめる.

独立な N  変数函数の微分について考えよう.
N  変数函数 f=f(x_1,\cdots,x_N)  i  番目の変数 x_i  による微分は,

で定義される.
つまり1つの変数で微分するときには他の変数を定数とみなして微分する演算のこととなる.
この演算を x_i  による函数 f  偏微分 (partial derivative) という.
例として2変数函数 f(x,y)=ax^2 + bxy+cy^2,\,(a,\,b,\,c\in\mathbb{R})  x,\,y  でそれぞれ偏微分すると

さらに2階微分は4種類存在し,

となる.
3つ目は y  偏微分の後 x  偏微分しており,4つ目は x  偏微分の後 y  偏微分している.
この2つの微分は一致しているので微分の順番は結果に関係ない.

一般に N  変数函数 f  の変数 x_i  x_j  についての微分 \partial^2f/\partial x_i\partial x_j  \partial^2f/\partial x_j\partial x_i  が連続ならば,

が成立し, x_i  x_j  についての微分は可換という.

よく使われる連続函数の分類を導入しよう.
函数 f  1  階から n  階導函数が存在し全て連続なとき, f  C^n  級函数 (class C^n  )という.
多項式や三角函数など初等函数のほとんどは任意の導函数が連続である.
このように無限階微分可能で連続な函数は C^{\infty}  級函数 (class C^{\infty}  ) という.
物理で扱う函数もほとんど C^{\infty}  級函数である.
熱力学,統計力学の分野では不連続函数を扱うが,不連続点はたかだか有限個(たいてい1つ)でありそれ以外の点においては C^{\infty}  級函数となる.

2階微分についての可換性の条件を導函数に繰り返し適用することで次がわかる:
N  変数函数 f  C^n  級函数のとき, n  階微分までの微分は可換である.

偏微分は1変数に関する変化率を表すが, N  変数全てに関する変化率も考えることができる.
N  変数函数 f  について,

かつ

が成り立つような g_i  が存在するとき f  全微分可能 (totally differentiable) という.
ただし \boldsymbol{0}=(0,\,\cdots,\,0)

証明は省略するが2つの定理を紹介する.
まず f  が全微分可能ならば f  は連続かつ偏微分可能であり,

また f  C^1  級ならば全微分可能である.
以上のことから (h_1,\cdots,h_N)\to\boldsymbol{0}  の極限では

とかけて, f  全微分 (total derivative) という.
全微分は接平面の式と密接な関係にあるがここでは触れない.

多変数の場合のTaylor展開を紹介する.
N  変数函数 f(x_1,\,\dots,\,x_N)  (x_1,\cdots,x_N)=(x_{10},\cdots,x_{N0})  のまわりでTaylor展開すると,

多変数の場合は全ての冪の組み合わせが現れることに注意せよ.
たとえば2変数函数 f(x,y)  の場合では2次の項は x^2,\,xy,\,y^2  と3項存在する.
Maclaurin展開は \boldsymbol{0}=(0,\,\cdots,\,0)  として,

とかける.

偏微分をすべての変数でそれぞれ行いそれらを数の組としてまとめれば N  次元ベクトル,

が得られる.
これを函数 f  勾配 (gradient) といい,

などと書く.
本稿では \boldsymbol{\nabla} f  の表記を採用する.

勾配ベクトルは函数 f  の増加が最大となる方向を向いている.
(x_1,\cdots,x_N)  とそこから微小に \boldsymbol{h}  だけずれた点 (x_1+h_1,\cdots,x_N+h_N)  での函数値の増加量は全微分により,

\boldsymbol{h}\to\boldsymbol{0}  の極限では2次以上の項は無視できて,Cauchy–Schwarzの不等式により,

右辺の \sum(\partial f/\partial x_i)^2  f  の勾配の大きさに等しいので結局,

が成立する.
Cauchy–Schwarzの不等式の等号成立条件は2つのベクトルが平行なときなので,勾配 \boldsymbol{\nabla} f  とずれ \boldsymbol{h}  が同じ向きのときである.
このとき \boldsymbol{h}  の大きさ一定のもとでの f  の増加量は最大となる.

物体の位置はおのおの時間 t  の函数であった.
もし物体の位置の函数 f=f(\boldsymbol{r}(t))  の時間に関する変化率はどのように求まるだろうか.
時刻が t  から t+h  へ微小に変化したときの函数 f  の変化は

となる.
1変数のTaylor展開から x(t+h)=x(t)+\dot{x}(t)h+\mathcal{O}(h^2)  となるので,全微分により

である.両辺を h  で割って h\to0  の極限をとれば,

これを物体の軌道に沿った f  方向微分 (directional derivative) という.
スカラー函数をスカラー t  で微分しているので結果もスカラー量になっていることに注意せよ.
数学的に見れば質点の軌道とは t\in\mathbb{R}  から \boldsymbol{x}\in\mathbb{R}^3  への写像ととらえることもできる.
t  を微小に動かしたときに3変数 (x,\,y,\,z)  は軌道の式 \boldsymbol{r}=\boldsymbol{r}(t)  で決まっていて,その上で軌道上の函数 f(\boldsymbol{r}(t))  の値がどれくらい変化するのかを方向微分は表す.

方向微分を函数 f  に作用する演算子として \boldsymbol{v}\cdot\boldsymbol{\nabla}  とかこう( \dot{\boldsymbol{r}}=\boldsymbol{v}  ).
成分で具体的に書けば,

となる.
これはベクトル \boldsymbol{v}  をこの座標系の基本ベクトル \boldsymbol{e}_i  で展開したときの表式とよく似ていることに気づく.
すなわち各微分演算子をベクトルの基底と解釈することができる.
実際 x,\,y,\,z  は独立変数なので微分演算がベクトルの意味で独立となる.

ではここまでの計算について具体例を見てみよう.
r=\sqrt{x^2+y^2+z^2}  \mathbb{R}^3  上のスカラー場である.
x  による偏微分は,

他の成分についても対称性から同様に\partial r/\partial r=y/r  , \partial r/\partial z=z/r  が得られる.
このことから r  の勾配は,

となる. \boldsymbol{n}  は大きさ 1  方向ベクトルという.
r  の任意の函数 f(r)  については鎖法則から,

が得られる.
f(r)  の勾配はその位置ベクトルと同じ方向(負の場合は反対方向)を向いていて,その大きさは距離 r  のみに依存していることがわかる.
r  の方向微分は,

次にスカラー場 \varphi=\tan^{-1}(y/x)  をみてみよう.
勾配は,

である. \boldsymbol{\nabla}\varphi  xy  平面に平行な面内で円周に沿って回転する向きを向いている.

勾配の例:(左) r=\sqrt{x^2+y^2+z^2}  (右) \varphi=\tan^{-1}(y/x)  .

最後に積分について軽く触れておこう.
偏微分が定義されたのでその逆演算としての積分が定義できる.
N  変数函数 f=f(x_1,\cdots,x_N)  i  番目の変数 x_i  による積分は,

と書かれる.
ここで F_i  f  の原始函数であり x_i  偏微分で f  に等しくなるような函数である.
また C  x_i  に依存しない函数で x_i  偏微分で 0  となる不定函数である.

例として f(x,y)=ax^2+bxy+cy^2  y  積分すると

となる.ここで C(x)  y  によらない不定函数.

多変数の場合の積分区間は1変数の場合に比べてはるかに複雑である.
つまりグラフと軸で囲まれる領域は一次元曲線二次元曲面三次元領域と様々考えられる.
そうした幾何学的対象の上で多変数に関する積分,多重積分を定義できる.
多重積分については章をあらためて議論することにしよう.

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