慣性主軸

剛体の慣性モーメントは,

と定義される2階のテンソルである.

この定義からすぐにわかるように I_{ik}  は対称テンソルであり I_{ik}=I_{ki}  を満たす.
慣性モーメントを要素とする行列 I=(I_{ik})  実対称行列であり直交行列を用いていつでも対角化可能である.
直交行列とはその転置行列と逆行列が一致するような行列のことである; O^T=O^{-1}
ある直交行列 O  によって慣性モーメント I  が対角化されたとして,その対角成分を I_{\xi},\,I_{\eta},\,I_{\zeta}  としよう(後の都合で添え字を \xi,\,\eta,\,\zeta  にしている).
すると対角化は次のように式で書ける:

対角化された慣性モーメント I_P  あるいはその成分 I_{\xi},\,I_{\eta},\,I_{\zeta}  主慣性モーメントという.
本節ではギリシア文字の添え字 \alpha,\,\beta,\cdots  \xi,\,\eta,\,\zeta  のどれかを表すものとする.

回転のエネルギーは,

となる.
行列の積を成分であらわに書けば, (OI_PO^T)_{ik}=\sum_{\alpha\beta}O_{i\alpha}(I_P)_{\alpha\beta}O^T_{\beta k}  である.
そこで新たに角速度ベクトル \boldsymbol{\omega}_P  \boldsymbol{\omega}_P:=O^T\boldsymbol{\omega}  で定義すれば,

となる.
ここで \boldsymbol{\omega}_P^T=\boldsymbol{\omega}^TO  である. 角速度ベクトルの成分を \boldsymbol{\omega}_P=(\omega_{\xi},\,\omega_{\eta},\,\omega_{\zeta})  とおけば,

とまとめられる.

実は座標系をうまく選ぶことで慣性モーメントを対角形にできる.
直交行列 O  によって座標変換 \boldsymbol{\xi}=O^T\boldsymbol{r}'  を行う(直交変換).
新しい座標系の軸を \xi,\,\eta,\,\zeta  軸とラベルする.
すると慣性モーメントテンソルの定義において,直交行列の性質 \mathrm{det}\,O=1  からJacobianは 1  であり,

と変換される.
こうして座標変換 \boldsymbol{\xi}=O^T\boldsymbol{r}'  により I_{ik}=O_{i\alpha}(I_P)_{\alpha\beta}O_{\beta k}^T  と対角化できた.

ふつう剛体の方程式は慣性モーメントテンソルが対角化されている方が解きやすい.
慣性モーメントテンソルは \xi\eta\zeta  座標系から見ると常に対角化される.
よって剛体の重心から見た非慣性座標系として \xi\eta\zeta  座標系をとることが好ましいだろう.
\xi\eta\zeta  軸を慣性主軸という.
慣性主軸での基本ベクトルを \boldsymbol{e}_{\xi},\,\boldsymbol{e}_{\eta},\,\boldsymbol{e}_{\zeta}  (あるいは \boldsymbol{e}_{\alpha}  )とする.

非慣性系に慣性主軸をとったときの剛体の運動方程式について見てみよう.
重心の並進運動に関してはそのままである.
重心回りの回転運動については,

となる.
ここで \boldsymbol{N}_P=N_{\xi}\boldsymbol{e}_{\xi}+N_{\eta}\boldsymbol{e}_{\eta}+N_{\zeta}\boldsymbol{e}_{\zeta}  は慣性主軸で見たときの力のモーメントである.
今慣性主軸は非慣性系なので基本ベクトルも時間に依存する.
それゆえ

となる.
\boldsymbol{e}_{\alpha}  との内積をとることで \alpha  成分に関する運動方程式を取り出すと,

第2項の計算を続けると,

となる.
1行目は \boldsymbol{\omega}=\sum_{\gamma}\omega_{\gamma}\boldsymbol{e}_{\gamma}  と展開し,2・3行目へは基本ベクトルの性質 \boldsymbol{e}_{\alpha}\times\boldsymbol{e}_{\beta}=\sum_{\gamma}\epsilon_{\alpha\beta\gamma}\boldsymbol{e}_{\gamma}  \boldsymbol{e}_{\alpha}\cdot\boldsymbol{e}_{\beta}=\delta_{\alpha\beta}  であることを用いた.
運動方程式の各成分をあらわに書き下すと,

剛体のEuler方程式

これらは慣性モーメントテンソルが対角化される非慣性座標系から見たときの剛体の回転運動を記述する方程式である.
これを剛体のEuler方程式という.

Euler方程式を解けば \xi\eta\zeta  座標系から見た剛体の回転運動がわかる.
\xi\eta\zeta  座標系では計算は簡単になるが,しかしながら実際の軌道を知りたいのは元の慣性基準系である.
したがってなる課題は慣性基準系と慣性主軸の基本ベクトルの間の関係式を得ることである.

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