Prerequisite
ここまで熱力学系に含まれる物質の種類は1種類としてきた.
たとえば酸素と窒素など,気体が複数種類ある場合の平衡状態はどのように記述できるだろうか.
この節では複数種の物質は化学反応しないとする.
まず理想気体を仮定して気体分子どうしの相互作用を無視する.
気体 と気体 がそれぞれ 個含まれる系を場合を考える.
系の粒子数は .
系の温度と体積を とすると内部エネルギーは加法性により,
で与えられる.
ここで は定数.
圧力は状態方程式により
で与えられる.
一方で気体 の状態方程式より
が成立する.
という因子は系に含まれる気体 の割合である.
を気体 の分圧 (partial pressure) という.
理想気体のエントロピーも加法性により
で与えられる.
ここで は定数.
を代入して整理すると
となる.
ここで とおいた.
2種類の異なる気体の系と1種類のみの系の違いを明確にしておこう.
部分系 と を考えて,それぞれに気体 と が ずつ入っている.
系の間には粒子は通さないが可動かつ透熱の壁があって,温度 ,圧力 の平衡状態にあるとする.
この系全体のエントロピーは加法性により
で与えられる.
ただし , .
間の壁を取り除いて2つの気体を混合する過程を考える.
この過程では仕事が であり断熱過程なので .
よって で十分時間が経つと温度と圧力は のままの新たな平衡状態に達する.
この系のエントロピーは
となる.
遷移前後のちがいは体積に添字があるかないかである.
混合過程におけるエントロピーの変化分は
となる.
温度と圧力は一定だから状態方程式より
が成り立っていることから
混合エントロピー
と書き換えられる.
これは2種類の気体の混合によるエントロピーの増分であり混合エントロピー (entropy of mixing) とよばれる.
実際部分系の両方に同じ気体を入れた場合,遷移後のエントロピーは同じ函数 によって計算できるから,
でありエントロピー函数の示量性によってこの2つは等しいことがわかる.
よって で混合によるエントロピーの増加はない.
エントロピー増大の法則から の断熱過程は不可逆である.
同種の気体の混合では再び壁を挿入すれば元の状態に戻せるが,異種の場合はそれは(断熱的には)できない.
一般の気体(液体含む)に対して 種類の物質を含む多成分系のエントロピーを
とおく.
一般には気体分子どうしが相互作用するので単なる和で書くことはできない:
微分形式では
とかける.ここで
は気体 の化学ポテンシャルである.
部分系 と にそれぞれ 種類の気体が入っている系を考える.
部分系どうしは壁によっていくつかの物理量が隔絶されている.
この壁は断熱/透熱や可動/不動などを自由に選べた.
ここで新たな壁として特定の種類の気体だけ透過するような壁を用意しよう.
いま透熱・可動かつ気体 だけを透過する壁とすると,エントロピー最大の原理から
が導かれる.
壁をさらに工夫して 種類のうち 種類の気体 のみを透過するようにした場合は,温度・圧力の平衡に加えて
が成り立つ.
つまり平衡状態ではやりとりのある気体の化学ポテンシャルが等しくなる.
Gibbsの自由エネルギーが で与えられるように,1種類の気体では温度と圧力が定まると,化学ポテンシャルも1つに定まり,Gibbsの自由エネルギーも決まる.
2種類の気体のある2成分系ではまずGibbsの自由エネルギーが
とかける.ここで
定義から明らかなように各化学ポテンシャルは示強変数なので
となるので化学ポテンシャルは温度と圧力に加えて気体 と の粒子数の比 によって決まる.
種類ある多成分系では,
となるので温度と圧力,さらに 個の気体 との粒子数の比によって決まる.
平衡状態を記述する熱力学変数はGibbsの自由エネルギーを選んだ場合,温度と圧力と粒子数で 個ある.
しかし実質的には つ余分で 個で決定できる.
を熱力学的自由度という.
より一般論は相転移の章で議論する.
Problems
種類の理想気体が混合された系のHelmholtzの自由エネルギー とGibbsの自由エネルギー を求めよ.
また各気体の化学ポテンシャルを計算せよ.
まずこの系の内部エネルギーとエントロピーは の函数として,
ここで は気体ごとに決まる定数.
よってLegendre変換 によって,
ここで とおいた.
さらにLegendre変換 と状態方程式 によって,
ここで とおいた.
分圧 とおくと,
ともかける.
最後に化学ポテンシャルは, の 微分が であることに注意して
と計算される.