この節では多成分系の例として希薄溶液 (weak solution) を扱おう.
希薄溶液とは主に2成分の系で,1つの物質が他に比べてはるかに多い系のことである.
「溶液」という日本語では液体を意味するが,ここでは希釈した気体も含めている.
多い方の物質を溶媒 (solvent),その他の少ない物質を溶質 (solute) という.
溶液を議論するとき温度と圧力は環境によって一定値 に制御されているとする.
この場合便利なのはGibbsの自由エネルギーである: .
はじめ溶媒だけとして自由エネルギーを とおく.
この溶媒に溶質を だけ混合したとき
で与えられると仮定しよう.
ただし希薄なので とする.
は混合前の溶質の自由エネルギーであり, は混合による寄与を表す.
より
となる.
ここで を理想気体の混合エントロピーで近似できると仮定すれば,
ここで .
希薄溶液なので , と近似できる.
は溶質の濃度 (concentration) である.
ゆえに,
温度で積分して希薄溶液のGibbsの自由エネルギー
を得る.
希薄溶液における化学ポテンシャルはそれぞれ
となる.
部分系 と にある濃度の希薄溶液があるとする.
2つの溶液の間には透熱だが動かず粒子を通さない壁があり温度 の平衡状態にある.
また簡単のためはじめ2つの溶液の圧力も で等しいとする.
次に間の壁を溶媒だけを透過する壁(半透膜)に変える.
すると溶媒だけが部分系を移動して新たな平衡状態に達する.
この系の平衡のための条件は温度と溶媒の化学ポテンシャルが等しいことである.
よって温度は のままだが圧力が異なるのでそれぞれ とおく.
また濃度を とすると化学ポテンシャルは
とかけるので平衡のための条件は
希薄溶液では圧力差 は小さいと仮定して
と展開する( は溶質がない場合の化学ポテンシャルであることに注意).
Gibbs–Duhemの関係式 から
溶質がないとき溶媒は部分系 と の間の壁はないのと同じなので密度は一定である,
以上のことをまとめると圧力差は
と求まる.
この濃度の違いによって生じる圧力差のことを浸透圧 (osmotic pressure) という.
つまり濃度の高い方の系の圧力が高くなる.
特に部分系 が純粋な溶媒で の場合は
が成立する.
こちらの式は浸透圧に関するvan’t Hoffの式として知られる.
浸透圧現象は日常の様々のところに現れる.
たとえば野菜サラダにドレッシングをかけてしばらく放置すると水っぽくなる.
これは野菜の細胞膜が半透膜の役割をしてドレッシングの方が野菜より濃度が高いために浸透圧が生じるからである.
この場合大気圧と平衡状態にあるので浸透圧が生じると濃度の高い方へ溶媒(水分)が流れ出して圧力差がなくなるような平衡状態へ遷移する.
細胞が半透膜の働きをするように生体内の様々な過程において浸透圧が関わっている.
たとえば熱中症などに見られる脱水症状は単に水分(溶媒)が不足するだけでなく,塩分(溶質)の不足によって生体内の浸透圧を制御できなるために起こることが知られている.
cf)https://www.msdmanuals.com/en-jp/home/hormonal-and-metabolic-disorders/water-balance/about-body-water
Problems
種類からなる多成分の溶質を含む希薄溶液の化学ポテンシャルを計算せよ.
まずエントロピーは
を理想気体の混合エントロピーで近似できると仮定すれば,
ここで .
希薄溶液なので , と近似できる.
ゆえに
温度で積分して希薄溶液のGibbsの自由エネルギーは
希薄溶液における化学ポテンシャルはそれぞれ
となる.