Prerequisite
Schrödinger方程式では,状態ベクトルに時間のパラメータをつけて の時間発展を決定する.
しかしながら実際にわれわれが観測できるのはこの状態ベクトルではなく各物理量の期待値の時間変化である.
状態 におけるオブザーバブル の期待値はBornの確率規則より,
Hamiltonianが時間に依存しないときは,
期待値の時間発展さえわかれば良いので,状態ベクトルと演算子の時間依存性の持たせ方に関して任意性がある.
オブザーバブルの方に時間並進演算子をこめて,
と定義しよう.
すると期待値の計算には常に時刻 の状態ベクトル を用いることができる.
状態ベクトルに時間依存性を持たせる見方をSchrödinger描像という.
他方でオブザーバブルに押し込めてしまう見方をHeisenberg描像 (Heisenberg picture) という.
Schrödinger描像では状態ベクトルが時間依存しており,オブザーバブルは時間変化しない.
一方,Heisenberg描像で見ると,逆にオブザーバブルの方の時間発展を見なければならない.
もちろん時間依存性の一部を状態ベクトルに,残りをオブザーバブルに押し込める見方もできる.
このような描像のひとつにDirac描像あるいは相互作用描像という見方がある.
これはのちに摂動論の章で詳しく扱う.
ではSchrödinger方程式の代わりとなる,Heisenberg描像でのオブザーバブルの時間発展を決定する基礎方程式を導出しよう.
そのために時間依存するオブザーバブルの時間微分をとってみると,
とその函数は可換だから,
Heisenberg方程式
オブザーバブルの初期条件が与えられればこの方程式が時間発展を決める.
これをHeisenberg方程式という.
逆にHeisenberg方程式を仮定しよう.
Hamiltonianは時間によらないとしてHeisenberg方程式の両辺の時間微分をとってみると,
さらに時間微分をくりかしていけば入れ子になった交換子が増えていく.
Heisenberg描像の演算子 を時間 のまわりでTaylor展開すれば,
ここで である.
各係数はHeisenberg方程式から入れ子になった交換子に書き換えることができて,
この第 番目の項は交換子が 個連なっている形をしている.
これを に,演算子 が 回作用しているとみると,
と形式的に書くことができる.
Baker–Campbell–Hausdorffの公式により,
この演算子は,
となることがわかる.
これはHeisenberg描像の演算子の定義そのものである.
ここまでHamiltonianは時間によらないと仮定した.
時間に依存する一般の場合でもやはり時間並進に対する演算子 が存在して,
と書けるはずである.
確率の保存則より でなければならないので, はユニタリ演算子である.
そうすると同様にしてHeisenberg描像での演算子を によって定義できる.
状態ベクトル の時間発展はSchrödinger方程式にしたがうことから,
が成立する.
Hermite共役をとれば,
次に の時間微分をとってみれば,
のしたがう2つの方程式から,
ここで .
こうして一般の場合にもHeisenberg方程式が同様に成り立つことがわかった.
ここで交換子の後ろのE.T. は,2つの演算子を同時刻 (equal time) で評価していることを明示している.
また時間発展演算子 とHamiltonian とはもはや一般に可換ではない.
上では のユニタリ性から,
2つの任意の演算子に対して次が成立することを用いた:
演算子 がSchrödinger描像において既にあらわな時間依存性を持つことがある.
そのような場合はHeisenberg方程式は修正が必要で,
と後ろに時間の偏微分項が加わる.
この方程式は古典力学の正準形式における式,
と比較すると古典論と量子論で が対応していることに気づく.
この対応については正準量子化の章で詳しく述べる.