コヒーレント状態

物性物理などの応用分野で有用なのがコヒーレント状態である.
前節で調和振動子の問題を解いたわけだが一つ問題が残っている.
そのことを見るために任意の時刻での固有状態 |{n,t}\rangle  における位置の期待値を計算してみよう.
Schrödinger方程式の形式解 |{n,t}\rangle=e^{-i\hat{H}t}|{n}\rangle  (ここで |{n,0}\rangle  |{n}\rangle  と略記した)を用いて,

ここで \hat{H}  は調和振動子のHamiltonianである.

\hat{a}^{\dagger},\,\hat{a}  は生成・消滅演算子であり,

と定義されている.
エネルギー固有値は

だから指数函数の肩でも固有値 E_n  に置き換えて

生成・消滅演算子の性質から固有状態は1つずつ増加・減少し後ろのブラケットは \langle{n|n-1}\rangle,\,\langle{n|n+1}\rangle  に変わるが,固有状態の直交性から両方とも 0  になる.
結局,任意の時刻で位置の期待値は \langle{\hat{x}(t)\rangle}=0  であることが導かれた.
これは周期運動する古典的粒子の描像とは整合しない.

ではエネルギー固有状態の代わりに自由なSchrödinger方程式の場合と同様に最小不確定状態を考えよう.
それを |{\phi}\rangle  とする.
このとき不確定性原理の等号が成立して

が満たされる.
\alpha  は任意の実数.
そこで \alpha  として -1/m\omega  に選ぶとこの条件は消滅演算子 \hat{a}  で書き換えることができて

ここで \phi\in\mathbb{C}  の定数.
いまエネルギーの固有状態 {|{n}\rangle}  を正規直交完全系にとってきて |{\phi}\rangle

と展開されたとしよう.
\hat{a}  は固有値を 1  下げ, \hat{a}|{0}\rangle=0  であることから,

これが右辺 \phi|{\phi}\rangle=\sum\phi c_n|{n}\rangle  に等しいので,任意の非負整数 n  について漸化式 c_{n+1}\sqrt{n+1}=\phi c_n  が成り立つ.
これを解けば c_n=c_0\phi^n/\sqrt{n!}  であり, c_0  は状態 |{\phi}\rangle  の規格化から定める,

したがって,

位相因子を 1  に選べば,

と求まる.
さらに固有状態の式より,

ともかける.

定義式の左から \langle{x}|  を作用して座標表示すると,

という1階の微分方程式が得られる( \psi_{\phi}(x):=\langle{x|\phi}\rangle  ).
これは容易に解くことができて,適切に規格化を行えば

エネルギー基底状態 \psi_0(x):=\langle{x|0}\rangle  x  軸に沿って複素数 x_{\phi}  だけ並進移動したものと解釈できる.

では任意の時刻での状態 |{\phi,t}\rangle  における位置の期待値を計算してみよう.
時間並進演算子を用いて,

生成・消滅演算子とHamiltonianの交換関係 [\hat{H},\,\hat{a}^{\dagger}]=+\hbar\omega\hat{a}^{\dagger}  [\hat{H},\,\hat{a}]=-\hbar\omega\hat{a}  Baker–Campbell–Hausdorffの公式より

同様に

以上から

\hat{a}|{\phi}\rangle=\phi|{\phi}\rangle  のHermite共役をとれば \langle{\phi}|\hat{a}^{\dagger}=\phi^*\langle{\phi}|  なので

ここで \phi=|\phi|e^{i\delta}  とおいた.
状態 |{\phi,t}\rangle  は位置の期待値が振幅が x_{\phi}  ,位相のずれが \delta  で単振動する古典的な描像と整合する.
この状態 |{\phi,t}\rangle  コヒーレント状態 (coherent state) とよばれる.

運動量の期待値は生成演算子の符号と全体の係数だけが異なる同様の計算によって

と求められる.
\langle{\hat{p}(t)\rangle}/m  はちょうど \langle{\hat{x}(t)\rangle}  を時間について微分したものと一致している.

最後にゆらぎを計算して最小不確定であることをたしかめよう.
まず座標のゆらぎを計算するために \hat{x}^2  の期待値を計算していくと

2行目へは生成消滅演算子の交換関係 [\hat{a},\,\hat{a}^{\dagger}]=1  を用いた.
3行目へは \hat{a}^2  の間に時間並進演算子 \hat{I}=e^{i\hat{H}t/\hbar}e^{-i\hat{H}t/\hbar}  を挟み込んでBaker–Campbell–Hausdorffの公式を適用するなどした.
これから \varDelta x = \sqrt{\hbar/(2m\omega)}  とわかる.

運動量ゆらぎも同様にして

よって \varDelta p=\sqrt{m\hbar\omega/2}  とわかる.
以上から不確定性関係は

となってたしかに最小不確定状態である.
またコヒーレント状態の場合は波束は崩壊せずゆらぎが一定のままである.
これは粒子が調和振動ポテンシャル内に束縛されているためである.

Problems

\textsc{Problem1.}

コヒーレント状態におけるエネルギーの期待値 E_{\phi}=\langle{\hat{H}\rangle} を計算せよ.

\textsc{Solution.}

正準量子化されたHamiltonianの表式からエネルギーの期待値は本文の結果を使って計算をすすめていくと

\textsc{Problem2.}

異なるコヒーレント状態の内積 \langle{\phi_1|\phi_2}\rangle を計算せよ.

\textsc{Solution.}

コヒーレント状態の式から直ちに

よってコヒーレント状態は直交していない.

コメントを残す