Diracモノポール

この節では磁気単極子 (magnetic monopole) ,いわゆるモノポール(あるいは点電荷に対応させて点磁荷ともいう)について議論していく.
Maxwell方程式の1つ

は磁場にはモノポールが存在しないことを示していた.
しかしいくつかのトリックを使うことで理論上はモノポールが存在しても良いことを示せる.

もしモノポールが存在したとして,その磁荷 (magnetic charge) を q_m  とおく.
モノポールは点電荷に対するGaussの法則 \boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{E}(\boldsymbol{x})=q\delta^{(3)}(\boldsymbol{x})/\varepsilon_0  と同様に

を満たす静磁場 \boldsymbol{B}(\boldsymbol{x})  をつくるとする.

さらに電流は存在せず,変位電流も 0  (静電場)とするとAmpère–Maxwellの法則は \boldsymbol{\nabla}\times\boldsymbol{B}(\boldsymbol{x})=0  である.
この式から磁場にはスカラーポテンシャル \phi_m  が存在して \boldsymbol{B}=-\boldsymbol{\nabla}\phi_m  とおける.
Gaussの法則へ代入してPoisson方程式

を得る.
デルタ函数の公式 \triangle(1/r)=-4\pi\delta^{(3)}(\boldsymbol{x})  よりこの方程式の解は

と求まる.
これは点電荷に対するCoulombの法則に対応する.
スカラーポテンシャルの勾配をとって

これがモノポールのつくる静磁場の式である.

以上のようにモノポールが存在するためには素朴には単磁極の非存在の式 \boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{B}=0  を破る必要がある.
しかしうまくゲージ変換を選ぶことで局所的にモノポール解を許容することができる.
ベクトル解析の公式より \boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{B}=0  が成り立つとき,ベクトルポテンシャル \boldsymbol{A}(t,\boldsymbol{x})  が存在して

とおくことができた.
この関係式がモノポールが存在するときにも成り立つようにしたい.
そのために天下り的にベクトルポテンシャルの形を

Diracポテンシャル

と仮定する.
このベクトルポテンシャルは原点と z  軸の負の側( x=y=0,\,z\leq0  )に特異性を持っている.
これをDiracポテンシャルという.

DiracモノポールとDiracひも

この特異性に注意して回転を計算すると

が得られる(問題参照).
第1項は点磁荷がつくる静磁場に一致している.
第2項は z  軸の負の側に沿って線状に分布する磁荷でDiracひも (Dirac string) と呼ばれる.
発散をとってみると \boldsymbol{\nabla}\cdot(\boldsymbol{x}/r^3)=4\pi\delta^{(3)}(\boldsymbol{x})  であり

となるので,たしかにMaxwell方程式は満たせている.

2つのDiracひもがつくるループ

単磁荷の系は球対称なので z  軸ではなく任意の原点から伸びる直線でDiracひもを定義して同様の結果を得ることができる:

この線積分はDiracひもに沿って行われる.
Diracポテンシャルの場合は z  軸に沿って 0  から -\infty  までの積分を実行すれば良い(問題参照).
与えられたDiracひものベクトルポテンシャル \boldsymbol{A}_{\mathrm{D}}  と別のDiracひも \boldsymbol{A}_{\mathrm{D}}'  の差は

と表すことができる.
ここで閉曲線 C  は2つのDiracひものつくるループである.
さらにこれは C  立体角の勾配を用いて

と書ける.
したがって2つのDiracひもはゲージ変換 \chi(\boldsymbol{x})=q_m\Omega_C(\boldsymbol{x})/(4\pi\mu_0)  で移りあうことができる.
このゲージ変換の下で(単磁荷をもつ粒子とは別の)電荷 q  の荷電粒子の波動函数は

と変換する.
波動函数は一価函数であるという要請から立体角の 4\pi  の整数倍の多価性が見えなくっている必要がある.
そのためには指数函数の周期性と一致するように

Diracの量子化条件

を満たせば良い.
この条件をDiracの量子化条件という.
つまりモノポールと荷電粒子が共存する系においてはお互いの磁荷と電荷が量子化される.
たとえば磁荷 q_m  のモノポールが存在するときは荷電粒子の電荷は q=(2\pi\hbar\mu_0/q_m)\times n  の値しかとることができない.

Wu–Yangモノポールのベクトルポテンシャル.
赤道付近で2つは重なっている.

しかしながらDiracポテンシャルにはDiracひもという特異性の問題がある.
モノポールを物理的な対象として扱うためにはこの特異性は取り除かれなければならない.
この問題を解決し背後にある数学的構造を示したのがWu–Yang理論である.
Diracポテンシャルのこの問題は1つのベクトルポテンシャル \boldsymbol{A}_{\mathrm{D}}  だけで記述することにある.
Wu–Yang理論では2つのベクトルポテンシャルを特異性が現れないようにうまく貼り合わせる.
ここでは簡単に計算だけしておこう.
Wu–Yangポテンシャルを次のように定義する:

ここで \theta  球面極座標の極角であり, \epsilon>0  は小さな正の定数で2つのベクトルポテンシャルの定義域が重なるようにしている.
\boldsymbol{A}^{\mathrm{N}}(\boldsymbol{x})  は(Diracポテンシャルと同じく) z  軸の負の側,すなわち \theta=\pi  に特異性を持ち, \boldsymbol{A}^{\mathrm{S}}(\boldsymbol{x})  \theta=0  に特異性をもつ.
しかし \boldsymbol{A}_{\mathrm{WY}}(\boldsymbol{x})  で見るとこの特異性は現れてこない.
それゆえ回転を特異性を気にせず実行できるのでDiracひもに対応する項も現れない.

2つのベクトルポテンシャル \boldsymbol{A}^{\mathrm{N}}(\boldsymbol{x}),\,\boldsymbol{A}^{\mathrm{S}}(\boldsymbol{x})  はその重なっている領域 \pi/2-\epsilon \leq\theta\leq\pi/2+\epsilon  においてゲージ変換で移りあう.
実際,

として,これを球面極座標で書くと

と変形できる.
2つ目の等式では勾配の \varphi  成分が (r\sin\theta)^{-1}\partial_{\varphi}  であることを用いた.
したがって2つのベクトルポテンシャルを結びつけるゲージ変換は

である.
角度座標 \varphi  2\pi  の整数倍の不定性をもつ.
それゆえ荷電粒子の波動函数の一価性から再びDiracの量子化条件が導かれる.

さらに議論を進めてHiggs場とカップルするような系に一般化したのが‘t Hooft–Polyakov理論である.
Georgi–Glashowモデルのもつ \mathrm{SU}(2)  ゲージ場の対称性が自発的に破れるとき残る \mathrm{U}(1)  ゲージ場のうちの「磁場」はモノポール解を持つ.
詳細は場の量子論の章で議論する.

Problems

\textsc{Problem1. }

デルタ函数に関する次の等式を示せ:

\textsc{Solution. }

デルタ函数の等式は任意の函数 f(x,y)  のとの全空間における積分結果で評価する.
まず左辺から計算していくと

一方右辺は

なので示された.

\textsc{Problem2. }

Diracポテンシャルを円筒座標で書き換えよ.

\textsc{Solution. }

円筒座標へは

で移る.
円筒座標の基本ベクトルは

これらの外積については

が成立している.
これらを用いて \boldsymbol{x}=\rho\boldsymbol{e}_{\rho}+z\boldsymbol{e}_z  であり \boldsymbol{e}_z\times\boldsymbol{x}=\rho\boldsymbol{e}_{\theta}
以上から

\textsc{Problem3. }

Diracポテンシャルの回転を求めよ.
ただし特異性を避けるために z\leq0 においては正則化パラメータ \epsilon を導入して

として計算せよ.

\textsc{Solution. }

前問に続いて円筒座標を使用する.
円筒座標の勾配ベクトルは

また

とおく.
まず z>0  における回転は特異性を気にせず

によって求まる.
容易な計算から

よって

z\leq0  においては特異性に気をつける必要がある.
f  に正則化パラメータを導入して

に置き換えて最後に \epsilon\to0  の極限をとる.
今度は

によって求まる.
第1項は常に \rho>0  とすれば z>0  のときと同じ形である.
第2項の評価をしていこう; 第2項はデルタ函数があるので \rho=\epsilon  での寄与しかない.
そこで \rho  z=-|z|  に比べて小さいと思って

と変形できる.
したがって同じ精度で

前問の結果から

と変形できる.
以上から z\leq0  において

z  全体ではデルタ函数の項に階段函数 \vartheta(-z)  をつければよい.

\textsc{Problem4. }

次の線積分を実行せよ:

ただし積分が定義されたDiracひもは z 軸の負の側に存在するとする.

\textsc{Solution. }

z  軸の負の側に沿っているので \boldsymbol{x}'=(0,0,z')  \mathrm{d}\boldsymbol{l}'=-\mathrm{d} z'\boldsymbol{e}_{z}  とおいて

後ろのベクトルは積分に関係ないので \boldsymbol{C}=C(\boldsymbol{e}_z\times\boldsymbol{x})  とおいて C  の積分計算を続ける.
変数変換 z-z'=\sqrt{x^2+y^2}\,\tan\theta  を行えば -\mathrm{d} z'=\sqrt{x^2+y^2}\,\mathrm{d}\theta/\cos^2\theta  かつ積分範囲は \theta_0\to\pi/2  となって

この積分は簡単に実行できて

を得る.以上から

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