位相空間

正準形式の理論を扱う際,一般化座標 q  の張る空間 \mathbb{R}^N  上で考えるよりも q  p  の張る \mathbb{R}^{2N}  上を考える方が便利なことがある.
この空間のことを物理では位相空間 (phase space) といい以下では \Gamma  と書くことにする.

註)数学でいう位相空間 (topological space) とは何の関係もないことに注意.

位相空間 \Gamma  の点は (q_1,\cdots,q_N,p_1,\cdots,p_N)  で表され,正準方程式の解 q_i=q_i(t),\,p_i=p_i(t)\,(i=1,\cdots,N)  は位相空間上の一つの曲線軌道に対応する.
そこで座標と運動量をまとめて,

という表記を採用しよう.すると正準方程式は,

正準方程式

という形にまとめられる.ここで \Omega  は次の成分をもつ 2N\times 2N  の正方行列である:

ここで I_N  N  次の単位行列.定義から明らかに逆行列は \Omega^{-1}=\Omega^{\mathrm{T}}=-\Omega  である.
また微分演算子は,

で定義されている.作用は部分積分から,

と書き変わる.この作用の \boldsymbol{\xi}  に対する変分原理から正準方程式が導かれる.

Poisson括弧は,

Poisson括弧

と書き換えることができる.
基本Poisson括弧式と正準方程式は,

基本Poisson括弧式

正準変換は位相空間 \Gamma  上の座標変換の1種である.
正準変換を,

正準変換

とかこう.正準変換の下でPoisson括弧は,

と変換するが,微分の鎖法則より,

であり,任意の正準変換に対してPoisson括弧の値は不変であることから,

がいえる.
この条件は基本Poisson括弧式が正準変換で不変なことを示しているので, \boldsymbol{\xi}\mapsto\boldsymbol{\Xi}  が正準変換であることとこの条件は必要十分の関係にある.

によって行列 S=(S_{ik})  を導入しよう.
すると上の条件式は,

シンプレクティック条件

と書き換えられる.
これが位相空間での正準変換の満たすべき条件である.
このような条件を満たす行列 S  を一般にシンプレクティック行列(symplectic matrix)あるいは斜交行列という.
また S  は定義より正準変換のJacobi行列でもある.

正準変換を2回続けて行って \boldsymbol{\xi}\mapsto\boldsymbol{\eta}\mapsto\boldsymbol{\zeta}  と変換することを考えよう.それぞれの変換に行列 S_1,S_2  が対応しているものとする.このとき積 S_1S_2  について,

が成り立つので S_1S_2  もシンプレクティック行列である.定義より,

となる.つまり合成変換 \boldsymbol{\xi}\mapsto\boldsymbol{\zeta}  は正準変換であり対応するシンプレクティック行列は S_1S_2  である.
3つの正準変換に対して行列の積の性質から明らかに結合則 (S_1S_2)S_3=S_1(S_2S_3)  を満たす.
また単位行列 I_{2N}  は恒等変換 \boldsymbol{\xi}\mapsto\boldsymbol{\xi}  に対応するシンプレクティック行列である.

任意の正準変換に対して \mathrm{det}\, S\neq0  であることから逆行列 S^{-1}  が存在する.
そこで S^{\mathrm{T}}\Omega S=\Omega  の右から S^{-1}  をかけ,左から \Omega^{-1}=\Omega^{\mathrm{T}}  をかけると

と表せられる.それゆえ

よって逆行列 S^{-1}  もシンプレクティック行列である.
以上のことからシンプレクティック行列全体の集合,

シンプレクティック群

は群構造をもっている.この群をシンプレクティック群あるいは斜交群という.

S^{\mathrm{T}}\Omega S=\Omega  の左から \Omega(S^{\mathrm{T}})^{-1}  をかけると S = -\Omega(S^{\mathrm{T}})^{-1}\Omega
さらに右から \Omega S^{\mathrm{T}}  をかけると

が得られる.

S^{\mathrm{T}}\Omega S=\Omega  の両辺の行列式をとれば,

であるので \mathrm{det}\, S=\pm1  とわかる.
実は \mathrm{det}\, S = +1  であることを示せるがここでは割愛する(問題参照).
Jacobi行列の行列式(Jacobian)が 1  に等しいので位相空間上の積分 \int\mathrm{d}^{2N}\boldsymbol{\xi}\,f(\boldsymbol{\xi})  は正準変換による変数変換に対して,

となって積分要素は不変である.この事実をLiouvilleの定理という.

最後に正準方程式の初期値問題の形式解を与えておこう.
正準方程式の両辺をさらに t  微分すると

一般に n  階微分は

というPoisson括弧が n  個入れ子になった形で表すことができる.
正準方程式の初期値を t=t_0  \xi_i(t_0)  として \xi_i(t)  を初期時刻 t_0  の周りでTaylor展開すると

となる. 各項の微分をPoisson括弧で書き換えると

このPoisson括弧の入れ子を微分作用素

\xi_i  n  回作用していると解釈すれば

ただし H_0  は時刻 t_0  でのHamiltonian.
そこで \mathcal{A}  を微分作用素として指数函数

を定義すると,

という形の形式解を得ることができる.
正準方程式にしたがう時間発展は1つのパラメータ t  と生成子 \{H_0,\,\cdot\}_{\mathrm{P}}  で生成される.

Problems

\textsc{Problem1. }

Lagrange括弧

をシンプレクティック表現に改めて,正準変換のもとで不変なことを確かめよ.

\textsc{Solution. }

正準変換 \boldsymbol{\xi}\mapsto\boldsymbol{\Xi}  に伴って

正準変換より S\Omega S^{\mathrm{T}}=\Omega  なので

より \{f,\,g\}_{\mathrm{L}}'=\{f,\,g\}_{\mathrm{L}}  が示された.

\textsc{Problem2. }

シンプレクティック内積: 位相空間上の任意のベクトル \boldsymbol{U},\,\boldsymbol{V} に対してシンプレクティック内積

を定める.シンプレクティック内積が正準変換のもとで不変なことを示せ.

\textsc{Solution. }

座標基底 \partial/\partial\xi_i  をとると, \boldsymbol{U}=\sum_iU_i(\partial/\partial\xi_i)  と展開される.
正準変換 \boldsymbol{\xi}\mapsto\boldsymbol{\Xi}  に伴って基底も変換されて

よって正準変換後のベクトルの成分は U'_j=\sum_iU_iS_{ij}  である.
では正準変換後のシンプレクティック内積は

正準変換ならば S\Omega S^{\mathrm{T}}=\Omega  なので \sum_{i,j}\omega_{ij}S_{ki}S_{lj}=\omega_{kl}
よって

となって不変である.

\textsc{Problem3. }

任意の偶数次の反対称行列 A に対して

A Pfaffianという.
Pfaffianが任意の行列 B と反対称行列 A に対して

が成り立つことを用いて,任意のシンプレクティック行列 S \mathrm{det}\, S = +1 であることを示せ.

\textsc{Solution. }

シンプレクティック行列より S^{\mathrm{T}}\Omega S=\Omega  であり,かつ \mathrm{Pf}\,\Omega\neq0  なので \mathrm{det}\, S=+1  がしたがう.

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