ミクロカノニカル分布

この節では系は孤立していて,質点は有界な領域の中で運動するとする.
孤立系なのでエネルギーも保存し,運動量も有界である.
系のHamiltonianH(\boldsymbol{p}_1,\cdots,\,\boldsymbol{p}_N,\boldsymbol{r}_1,\cdots,\,\boldsymbol{r}_N)  とすると,位相空間の軌道は

の表す超曲面上に限られる.
座標も運動量も有界なのでこの超曲面は閉曲面である.
この閉超曲面が囲む領域を \mathcal{D}  とし,閉超曲面を \partial\mathcal{D}  とおく.

このとき系の確率密度函数の規格化条件は

となりエントロピー

によって計算可能である.

孤立系の確率密度に対しては次の仮定をおく:

等重率の原理

\partial\mathcal{D} 上の事象は同様に確からしい一様分布である.

これを等重率の原理 (principle of equal a priori weights) という.
これはデータに基づかない事前分布である.
等重率の原理により確率密度函数を定数函数

ミクロカノニカル分布

と書き下せる.
これをミクロカノニカル分布または小正準分布という.

規格化条件は

となる.ここで

状態数

とおくと超曲面 \partial\mathcal{D}  上の状態の総数に等しい.
W  は系の状態数と呼ばれる.
また後ろの積分は超曲面 \partial\mathcal{D}  の面積に等しい.
状態数を用いてミクロカノニカル分布は

とかける.エントロピーは

Boltzmannの式

と書ける.
この式はBoltzmannの式として知られる.
状態数が大きければエントロピーも大きいので,エントロピーは系の「乱雑さ」の指標として解釈されることがある.

具体的な例でミクロカノニカル分布を求めてみよう.
最も簡単なのは相互作用しない自由な質点の系で,Hamiltonianは

とかける.
m  は質点の質量.
エネルギー一定の超曲面は少し変形して,

でありこれは中心原点,半径 \sqrt{2E/m}  3N  次元球面を表す.
エネルギーが与えられると運動量の値はこの球面上にしか存在できない.
数学の公式から 3N  次元の球の表面積 \Omega_{3N}  は,

で与えられる.
座標の積分からは V^N  が得られるから,

エントロピーはStirlingの公式 N!\sim N^Ne^{-N}  とガンマ函数の漸近展開を用いて,

と計算される.
S_0  は定数.
ここで N  は非常に大きいとして \ln N  などの項は無視した.
熱力学では内部エネルギー U  を用いるが孤立系では U=\langle H\rangle=E  である.
したがってエントロピーU,\,V,\,N  の函数として

と求められる.
これは理想気体のエントロピーの式である.
温度の定義により

よって

が導かれる.
また示強変数としての圧力の定義により

よって

これは理想気体の状態方程式である.

上の導出でわかるように N  が非常に大きいために冪の N-1  などは N  で近似できる.
このことからエネルギー一定面の面積を,その閉曲面が囲む体積で近似してもよい.
たとえば半径 r  d  次元球面の表面積は r^{d-1}  のオーダーに対し体積は r^d  のオーダーである.
したがって d  が非常に大きいならば球の表面積を体積で近似できる.
典型性の言葉で言えば,エネルギー一定面 \partial\mathcal{D}  上の状態数に比べて,その内部の状態数は非常に少ないので標本空間を \mathcal{D}  へ拡大しても問題ないといえる.
こうして広義のミクロカノニカル分布

を採用することもある.

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